直己、戸惑う

(食用油が贅沢って……。そんな馬鹿な)


 予想外の返答に、直己は頭を抱える。


「で、でもさ、オリーブ油みたいな高い油ばかりじゃないよね? 安いものもあるでしょ?」


「確かに動物性の食用油なら安いのもあるけど、照明用として流通してるのがほとんどだし、料理に使えるような質のものやっぱりそこそこ良い値段するし……。それに油が無くても料理は出来るし……?」


(マジかぁ……)


 ここで直己は、この場所が異世界だというエレーナの脳内設定のことを思い出した。

(……嫌な予感がするな)


 直後、その予感は的中してしまう。


「もしかして、砂糖とか香辛料の類も無い……のかな?」


「砂糖ならまだしも、香辛料なんて!? 金や宝石と同じくらい高いものを、私なんかが簡単に買えるわけが無いよ!? ……まあ砂糖もうちには無いんだけど」


(そんなバカな!? 二、三世紀前のヨーロッパじゃあるまい……。いや、彼女の中ではそうなのか……)


 全てを諦め、直己が肩を落としかけた時だった。


 エレーナが思い出して言う。


「あっ、でもバターならあるよ! バターはどうかなっ!?」


「あ、うん、バターがあるならそれで十分だよ」


「じゃあちょっと牛乳振って作ってくるっ!」


「作っ……ええっ!?」


「ちょっとだけ待っててね!」


「あっ、いや、ちょっとって!? ちょっ!?」


 言うやいなや、直己の言葉を待たずにエレーナは外へと飛び出していってしまった。


(……マジですか。生クリームを振って作るならまだしも、牛乳からって……。人間遠心分離機かよ……)


 呆気に取られながらも、直己は気を取り直して作業に戻る。


(砂糖が無いなら、玉ねぎを増やしてトマトソースに甘味を出すか……。あとトマトの酸味のピークをずらすして打ち消すために、レモンも少し入れよう)


 先程のトマトソースに玉ねぎをみじん切りしたものと、少量のレモン汁も追加。


(あとはバターが来たら、ソースに入れてコクとまったり感を出すか。……ってか牛乳からバター作るとか言ってたけど、そんな簡単に出来るものじゃないよなぁ。それを人力で短時間で作れるなら、確かに彼女は人外なのかもしれない……)


 半ばバターを諦めながら、今度はカットしておいたソーセージ、玉ねぎ、アスパラガスの順に、油の敷いていないフライパンで炒めた。


 だが、このソーセージから油がよく出たおかげで、出来は悪くない。


(うん、思った通り。それにこのソーセージ、燻製してあるお陰でいい香りだ。それが他の食材にも移って余計にいい感じ!)


 炒め終わったところで、先程作ったトマトソースを半分入れ、具材と馴染ん出来たら、ちょうど炊き上がった玄米ご飯を投入。


 茶色っぽい玄米が、より食欲をそそる赤みの濃い色へと変化した。


 それを皿へと楕円形に盛り付ける。


(よし! ……本当ならお子様用にもっと砂糖で甘味をつけたかったけど、まあ仕方ないか)


 次に直己は卵を三つボウルに割り落とし、塩を一振りしてからコシが無くなるまで手早くかき混ぜた。


(本当ならここでも、隠し味にほんの少しの砂糖を使いたいのに……まあ、仕方ない仕方ない!)

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