異世界転移
幼稚園の頃から始めた料理。
小学生の頃には十分な形となり、母の代わりに台所へ立つまでとなっていた。
そんな直己にとって一日中家に居られるということは、レシピ本を読んだり、料理の歴史や食材、調味料の製造法等をネットなどで調べそれを実践するなど、一日中料理に関することに時間を使えるという、むしろ喜ばしい状況であったといえよう。
そしてこの日も新たな分野の料理に挑戦しようと、野草や山菜等の食材探しに、家から一番近い山へと一人自転車を漕いでいた。
里山とはいえ、山での食材探しは半ば登山。
あるいはそれよりも厳しい場面だってある。
学校での大人しい彼からは想像がつきにくいが、好きなことに関してはこのようにとことんアクティブな少年なのだった。
(お、ワラビだ! あっちにもある!)
お洒落でもするかのよう、ところどころに山桜を咲かせた春の山。
そこは様々な山菜が芽吹く、直己にとって最高の場所だった。
緩く傾いた斜面を駆け降り、見つけたワラビをポキリと手折って摘み採ると、新聞紙に包んでザックにしまう。
そうしている間にも、また新たな食材が目に飛び込ん出来た。
(あっ、たらの芽もある! さすがにふきのとうは終わっちゃったけど、どんどん美味しい野草や山菜が芽吹くし、やっぱ春っていい季節だな!)
ザックを背負って直己は立ち上がると、喜び勇んで斜面を軽い足取りで駆け降りる。
その途中で、一瞬地面が消えた。
(えっ)
草や藪に隠れて見えづらくなっていたが、直己の足元には大きな段差があったのだ。
(なっ、なんだ!?)
遅れて彼の足の裏に、地面からの衝撃が伝わった。
(おわっとっとっとっ――!?)
タイミングが外れたことで、直己は前のめりに態勢を崩してしまう。
更に悪いことに、そこからは急に勾配がきつくなっていた。 それまでの勾配が弛かったため、完全に油断していた直己は大きく焦る。
(やばっ!?)
しかし、焦ったところでどうしようもない。
バランスを崩したことと急勾配が重なり、自分では制御出来ないほどの速さで足が前へと出てしまう。
(ダメだっ!! 止まれない!!)
すぐ目の前は断崖絶壁。
登山道を外れて山菜を探していたため、そこには柵など無い。
(止まれ止まれ止まれぇぇっ!!)
必至に足の動きを制御し、ブレーキをかけようと足掻く。
しかし勢いを殺すことが出来ず、努力も虚しく中空へと飛び出してしまった。
(あっ死んだ)
フワッ。
まず彼を襲ったのは浮遊感。
その直後、腹の下の方で重力を感じる。
俗に言う金玉がスースーするというやつだ。
この時直己は、一瞬の内にこんなことを考えていた。
(飛び降り自殺って、確か落下している最中に気絶するから痛くないって聞いたことがあるな。なら、きっと痛くは無いよね? だからお願い! 早く意識飛んじゃってよぉぉぉっ!?)
ギュッと目を強くつむり、祈るような気持ちで意識が遠退くのを、一瞬の中で永遠にも感じながら待った。
しかし無慈悲にも意識を手放すより早く、衝撃が直己の全身を襲う。
……だがその衝撃は、彼が考えていたものとは全く違った。
バッシャァァァンッ!
次に瞼を開けた時、直己の目の前には無数の泡と揺らめく太陽があった。
そして体を包み込む、冷たくも心地よい感覚。
そう、彼は……。
(……へ? 水の中? なんで!? 崖の下は地面だったはずじゃ!?)
……なぜか水中に居たのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます