エレーナとの出会い

 訳がわからないままではあるが、窒息してたまるかという思いで急ぎ水面を目指した。


「ぶはっ!」


(適当な深さがあったお陰で助かった……のか?)


 どうやらここは泉か何かのようである。


(なんでこんな所に泉が? ありえない……)


 その時、彼の脳裏にとある考えが過った。


(……もしかして、ここはすでにあの世なんじゃ? ってことはこの水場は三途の川!?)


 急いで辺りを見回す。


 するとすぐ近くに体を硬直させ、見開いた目を直己に向ける小学校のギリギリ高学年かと思われる少女が居た。


 ……それも全裸で。


 栗色の長い髪。


 大きな瞳も髪と同じく暖かな色をしている。


 長い睫毛に桜色の小さな唇。


 そして透き通るような白い肌。


 つるんとしたなめらかなプリンのようで、剥きたての茹で玉子のようでもあるささやかな二つの丘陵のピークには、それぞれ二枚の桜の花びらがあしらわれている。


 ハムスターやリスのようなげっ歯類的可愛さを持ちながらも、その姿はまるで宗教画の天使のようだと直己には思えた。


 彼は直感的に確信する。


(あっ、天国だここ)


 その直後――! 


「キャーッ!」


 少女は叫び声を上げながら直己に飛び掛かると、フルスイングで掌底がかったビンタをぶちかました。


 ドォォォン! 


 これまで生きてきた中で、間違いなく最高威力の衝撃が直己の頬を打ち抜く。


 それは脳までもを激しく揺らす程の怪力だった。


 天国から一転、直己は超高速で地獄へと叩き落とされてしまう。



 ◇



「えっ」


(……どこだ? ここ……)


 見知らぬ部屋で目を覚ました直己。


 彼が焦って体を起こすと、直後激しい頭痛が襲ってきた。


「――うっ」


(頭が痛い……。頬も……)


 無意識に頬へと手をやると、ほのかに熱をもって腫れている。


 異常はそれだけではない。


 なんと服もすっかり脱がされ、掛け布団の下は全裸にされているではないか。


(一体何が起こったんだ!? これは夢か!? ……いや、この頬の痛みが夢なもんか)


 直己が状況を把握しようと室内を眺め回していると、突如として部屋の扉が開き、どこかで見たことのある少女が入ってくる。


 彼女は直己を見るやいなや、その表情を一気に綻ばせて言った。


「よかった! 目が覚めた!」


「あっ、えっと……どちら様ですか?」


「え、覚えてないんですか?」


「……あっ」


(思い出した!)


 まるで妖精のように可憐な姿でありながら、直己の意識を飛ばすほどのビンタを放った少女。


 その時の光景が恐怖と共に、彼の脳内でありありと甦った。


(また殴られる!?)


 そう直己が身構えた直後、少女が突然ポロポロと涙を流し出す。


「えっ」


「うぅぅ……! このまま目が覚めなかったら……どうしようって思ったよぉぉ……!」


 この瞬間、直己は理解した。


(……ああなんだ、悪い子じゃあ無いんだな)


 そもそも、事故とはいえ裸を見てしまった自分にも非がある。


 それに冷静になって考えてみれば、意識を失った自分をなんらかの手段でここまで運び、介抱してくれたのもこの少女だろう。


 そこまで思い至り、直己は感謝の言葉を述べた。


「あの、助けてくれてありがとうございます。それと、事故とはいえ裸を見ちゃったことはすみませんでした」


 少女が謙遜し、両手を顔の前でブンブンと勢いよく振りながら答える。


「あ、いえ! こちらこそ人間様の前ではしたない姿を晒してしまい、失礼致しました! ……あ、あとあの、お洋服が乾いたのでこちらにお、置いておきますね!」


 少女は言いながら、彼の服をベッドの脇へと置いた。

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