異世界からの飯屋《メシヤ》様 ドワーフ少女と過ごす日本食チートなスローライフ

三咲悠司

たんぽぽオムライス!

直己という少年

「食べて……いい?」


「あ、ちょっと待って……」


 直己は包丁で、オムレツにすーっと切れ目を入れた。


 するとオムレツは切れ目から勝手にドロリと裂け、中からは半熟トロトロのスクランブルエッグが溢れ出す。


 それを見たエレーナは先程以上に、その子供のようにキラキラとした目を輝かせた。


「わあ!」


 思わず漏れ出す声。


 それからぽつりと、彼女は呟く。


「……たんぽぽみたい」



「オメェの席無ぇから」


(ベタなイジメキター!?)


 高校二年生。


 今年で十七歳になる空木 直己(そらき なおみ)。


 彼が登校直後、自分の席が無いことに狼狽えている所へ、そんな声を掛けられたのだ。


 心無い言葉はなおも続く。


「あとオカマ野郎はオカマ野郎らしく、昼は女子便所で弁当食えよ? 教室に居られちゃあ目障りだからな!」


 この日から、直己にとっての悪夢が始まった。


 消える筆記用具。


 下駄箱からひとりでにお出掛けしたまま帰ってこない上履き。


 教科書に載っている作者や歴史上の偉人達の顔も、残らずファニーなものにされていた。


 ……なぜ、こんなことになってしまったのか? 


 その心当たりが全く無い直己は、少なからず動揺する。


(なんで急に僕がイジメの標的に? 彼らを刺激するようなことは何もしてない筈だけど……)


 そう不思議に思うのも当然であった。


 それくらい普段から彼なりに、こういった事態に陥らないよう細やかな努力をしていたのだ。


 ナオミという響きと中性的な見た目も相まって、彼は男友達から女扱いされ、幼い頃よりイジメられやすかった。


 その上、普通ならばナオキと発音するような漢字のため、初対面の人間……特に教師に名前を読み間違われて呼ばれる度にしつこく周りからからかわれてしまう。


 そんな彼が学校という小さな社会の中で、生き抜くために身に付けた術は「空気」になるということ。


 前髪も伸ばし、その隙間からしか世界を見ないことで、より外界との接点を減らし、内へ内へと入り込む。


 こうしたことで、確かにイジメは無くなっていった。


 だがしかし、人との関わりを自ら絶ってしまったことにより、周りに人が居るにも関わらず、孤独という辛い状況が産み出されてしまう。


 だが彼はそういう状況を自ら選択し、引き換えに平穏を手に入れたのだった。


(なのに、なぜ今またこんなことに……?)


 その理由は簡単。


 思春期特有の色恋沙汰が関係していた。


 直己はその名前だけでなく見た目も中性的ゆえ、実は裏で女子からの人気をそこそこ集めていたという背景がある。


 そしてそのことが、今回彼の身に災いをもたらしてしまった。


 直己がモテることが気に食わない一部の男子に、とあるきっかけが起こっていたのだ。


 そのきっかけとは、イジメの主犯格である男子の想い人が直己を好きらしいという噂を聞いたという、とてもくだらないもの。


 つまりこのイジメは、完全なる逆恨みだった。


 やがてそんな事情を、周囲の人間の会話から偶然耳にした直己。


 そんな彼が次に取った行動は、悪質な嫌がらせに抵抗するようなことはせず、親や担任に話を通し、ほとぼりが冷めるまでさっさと登校拒否を決め込むことだった。


 無駄な争いを好まず、大人しい性格の彼らしい行動といえよう。


 そんな訳で、ゴタゴタが収まるまで自らが割を食う形で引き下がった直己。


 だがいくら彼が大人しいとはいえ、こんなことになってしまい内心穏やかではないだろう。


 不登校を開始した直己。 


 その家の中に、暗く落ち込んだ彼の姿が……無かった。


 むしろ日夜ゲームにアニメにと、これ幸いとでも言わんばかりに趣味三昧の日々を伸び伸びと過ごしていたのだ。


 中でも一番の趣味である料理。


 これに打ち込めることこそが、彼が不遇な状況にも関わらず、明るくいられた一番の理由である。

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