探偵に興味がないあなたに『SHERLOCK』を観てほしい理由


『SHERLOCK』。

 たとえこのドラマを鑑賞したことがない方でも、海外ドラマへの興味が薄い方でも、「ああ、アレね」と頷かれることだろうと思います。

 なぜってタイトルがもうこれ以上ないくらいにわかりやすい。世界一有名な諮問探偵、ベイカー街221B。緋色の研究とモルモン教徒から始まる冒険譚。

 シャーロック・ホームズのネームバリユーはそれくらいに絶大で、だからこのタイトルを聞けば十人が十人、いや知らん人も一人くらいはいるか。まあ九人くらいは思うでしょう。


「ああ、あの――『』か」と。


 そう、ご存じのとおり「SHERLOCK」はスマートフォンを片手に推理を繰り広げるホームズと、事件の記録をブログに綴るワトソンとが、現代のロンドンを舞台に繰り広げる物語です。


 しかし。

 誰が言ったか、『現代を生きるシャーロック・ホームズの物語』。

『SHERLOCK』はまさにその通りのお話で、本作を言い表すのにこれほど的確な文言はないのですが。

 それでも残念なことに、この一文は本作の魅力の半分を取りこぼしてしまっています。

 だから今回は、この名作探偵ドラマというガワにくるまれた中身、面白さにまぎれた優しさについて、野暮を覚悟でちょっとだけ語ろうと思います。


 そもそもの話。絶対的な探偵像のイコンたる『シャーロック・ホームズ』とは異なり、本作で現代社会を生きるシャーロックは基本的に孤独な変わり者の青年にすぎません。


 もちろん彼は天才で、膨大な知識と怜悧な頭脳という武器があって、警察には毎回頼りにされてこそいるけれど、彼らは決してシャーロックの理解者ではありません。


 それどころか現場の警官は傲慢で自信過剰なシャーロックを『変人』と呼んで毛嫌いしているし、いつか何か取り返しのつかないことをやらかすに違いないと確信しています。


 だからといって、彼を気にかける人間がいないというわけではありません。家主のハドソン夫人、レストレード警部、監察医のモリー。

 だけど天才であるがゆえに孤独であり続けたシャーロックは人情の機微や愛情の価値をうまく理解できず、彼らに無礼な態度を取り続けます。それもタチが悪いことに全くの無自覚で。


 繰り返して言えば、孤独な変わり者。

 誰にも顧みられない天才。

 人の気持ちがわからない異常者。

 意味不明な変態。


 クソ野郎。


 そんな、完璧な探偵像とは一線を画し、誰にも見えない生きづらさを密かに抱えている青年が本作のシャーロック・ホームズです。


 一方で、天才と対比される凡人ことワトソン医師……ジョンもまた孤独な人間です。

 軍医として出征していたアフガニスタンで負った精神的なショック。動かない脚。物語冒頭の彼は誰とも共有できない重荷を抱えながら苦しんでいます。

 精神科医にかかってこそいるけれど、治療は効果的とは言えず、未来の見通しも曖昧。きょうだいとはうまくいっていない。

 経済的な不安が強まってきたから、今日も杖をついて歩きながらルームシェアの相手を探している。21世紀のジョン・ワトソンは、そんな人並みの弱みを抱えた普通の男です。


 孤独が共通点となったからか、あるいは互いに犯罪捜査のスリルを好むからか。はたまた単に経済的問題からか。

「ピンク色の研究」の事件を通して、二人の男は奇妙な共同生活を送り始めます。

 それをきっかけに、シャーロックは人間というものを、周囲の人々が向けてくれる愛情の価値を理解していきます。

 今まで無下にしていたものの尊さに気づき、自分自身の中にも同じものが眠っていることを発見し、

 やがてシャーロック自身も他者に関心や愛情を示せるようになり……気づいたときには、ひとりの人間としてこの世界に確固とした居場所を見つけている。

 謎に満ちた事件や大英帝国の危機、犯罪王モリアーティの陰謀といった本筋の裏ではひっそりと、そんな優しい変化が語られているんです。


 劇中ではたびたび、シャーロックとジョンのコンビがゲイカップルと勘違いされるシーンが差し挟まれます。

 それは別に下世話な冗談というわけではなくて、二人をゲイと誤解する彼らはただ純粋に目の前にいる二人がカップルだったら素晴らしいと思ってそう言うのです。

「お隣にも結婚してるカップルがいるの」なんて微笑んだり、隣にいる同性のパートナーと笑い合ったりしながら。

 きっと、シャーロックとジョンを取り巻く世界にとってゲイであることは特別なことではないのだと思います。

 もっと言えば、太ってるとか外国人とかオタクとか、ほかのマイノリティであることさえも。


 天才でも凡人でも、マイノリティであっても、孤独であっても、世界から拒絶されているわけじゃないと。この物語はめくるめく推理劇の裏側で、我々をそう元気づけてくれるんです。

 シャーロック自身ものちのち口にするセリフを借りれば、「人と違うからなんだ。関係ない。気にする必要なんかない」と。


 長くなりました。

 だからできれば、人と少しだけ違うあなたに。天才ではないあなたに、ときどき孤独を感じるあなたに、この物語をご覧になってもらえればと思います。

『SHERLOCK』は、孤独を抱える変わり者が人間としての居場所を見つけていく――そんな、我々自身のものかもしれないお話です。

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