『スカイリム』を『あなたの物語』に変える小さな仕掛け

 ――「この世界が好きだ。滅びてほしくない」。


『膝に矢を受けてしまってな』で知られる名作RPG『スカイリム』の山場において、世界を救う理由を問われた主人公にして竜の血脈ことドヴァキンが口にする言葉です。(正確にはプレイヤーが選ぶ選択肢のひとつ)


 それをこうして冒頭に持ってきたのはいいけれど、うん。台詞単品で見てみるとけっこうシンプルででありきたりかもしれません。

 だって物語の、とくにRPGともなれば主人公はほとんどみんな世界を救うものだし、やっぱりRPGの台詞としてはそう珍しいものではなさそうです。


 ですがこの台詞は実際、ゲーム史に残るかもしれないとんでもない名台詞なんです。

 アサシンクリード、ウィッチャー、インファマス、GTA、MGSVなど、世に溢れる箱庭系名作ゲームのなかでも唯一といってもいいかもしれません。


 そんなところから、語り始めたいと思います。


 ぼくがこの台詞をそこまで持ち上げる理由は簡単で、『このゲームの場合、主人公は必ずしも世界を救わなくてもいい』からです。

 もちろん世界を喰らう者こと悪竜アルドゥインを倒して世界を救うことはドヴァキンの使命ではありますが、プレイヤー的にはそれだけが物語というわけでもない。


 本筋のメインクエスト以外にも楽しいサブクエストがいくらでもあって、それらはひとつひとつが独立したストーリーラインとなっています。

 盗賊ギルドの新人となってギルド全体を覆う不景気の呪いを解くとか、魔術師大学の学生となって超古代の遺跡を調査するとか。


 それらサブクエストを遊べば世界を救わなくたってひとつの物語を終えることはできて、同等の達成感満足感充実感はわりと簡単に得られてしまうわけです。

 ほかにも有志が作ったMODで追加したクエストを遊ぶこともできるし、また一からデータを作り直してもいい。……といった感じで、物語を永遠に続けることだってできちゃいます。


 主人公・ドヴァキンもまた自ら物語を創り動くタイプの主人公ではありません。

 スカイリムに限らず、キャラメイクが自由なゲームの多くがそうであるように、ドヴァキンは誰でもあると同時に何者でもなく、必要最低限以上の意思を持たないのです。


 魂がないと言い換えてもいい。発する言葉(選択肢)は状況に応じた当たり障りのないもので、いずれもクエストを進行させる以上の意味を持ちません。

『ウィッチャー』のゲラルトさんのように事あるごとにメインクエストを急かしてきたりしないし、プレイヤーの知らない過去を持っているわけでもありません。

 だからこそプレイヤーは誰の意志にも、主人公自身の意志にも振り回されることなく、スカイリムという世界で自由に、永遠に遊び回ることができるんです。


 しかし。

 それほど高い自由度を求めて作られた世界と主人公であるにも関わらず、実際は大多数のプレイヤーが早い段階でメインクエストに挑み、物語を終結させているんですよね。

 そりゃゲームであるからにはクリアするのが当たり前なのですが、考えてみるとちょっとだけ不思議な話です。

 だって前述したとおりこのゲームは遊ぼうと思えばどこまでも遊べるし、むしろ下手にメインクエストに触れるとその自由度が損なわれてしまうことさえあるのに。

 実際、『進めない派』のプレイヤーやそのスタイルを補強するMODも出回っているくらいですし。


 ……では、なぜプレイヤーはこの世界を救おうとするのでしょうか。


 クエストジャーナルの穴を埋めなければという義務感か。

 単純にやらずにいられないからか。

 はやばやとゲームを遊び尽くしてしまったからか。

 まだ見ぬ物語の先を見たいからか。


 おそらく、細かな理由自体はプレイヤーの数だけ存在することでしょう。

 ですがおそらく、プレイヤーが物語の終わりへ挑むことを選択したその根本には、共通した強い動機があると思うのです。


 すなわち、物語の佳境でドヴァキンが抱くものと同じ、

『この世界が好きだ』という動機が。


 そう、ドヴァキンとなったぼくらは皆、この世界が好きなんです。

 命からがらヘルゲンの砦を脱出し、レイロフかハドバルのケツを叩いて隠密スキルを上げ、狩猟や山賊退治で日銭を得て、調子の外れた吟遊詩人の歌を聴く。

 儲け話に騙された落とし前をつけてやったかと思えば衛兵にハメられて刑務所を兼ねた鉱山にぶち込まれ、囚人仲間を引き連れ命からがら脱出する。

 DLCを入れたら吸血鬼やドラゴン教団の信者に襲われて、しょうがねえなと異世界へ渡り海を越え、やっとのことで事件を解決する。

 冒険と思い出を積み上げるそのたびに、ぼくらはこの粗野で混沌とした世界を知り、愛着を抱き……そして、ある日ふと気づくのだと思います。

 今まで当たり前に見過ごしていた村々の人々が、ずっとドラゴンに怯えていることに。空からの襲撃が絶え間なく続き、不死属性のないNPCが容赦なく死んでいくことに。


 ……実際のところ、このゲームのNPCは怯えるどころかどいつもこいつも勇猛果敢にドラゴンに立ち向かっては返り討ちに遭う奴ばかりなので、どう見ても自業自得の感が強いのですが。


 なんであれ、この混沌とした世界とそこに生きる人々を守ることを選択させるものこそ、プレイヤーに内在する『思い』なのではないでしょうか。

 だからこそ、プレイヤーはドラゴンと戦い、アルドゥインを討つ決意を固めるんです。それも各々のプレイヤーにとって、まさに自由かつ適切なタイミングで。

 もちろん、それはどこまでいっても現実でゲームパッドを握るプレイヤーの問題にすぎないのですが……まさにこの局面で、あの選択肢が表示されるのです。


『あなたには関係ないことだ』。

『アルドゥインを止めなければならない』。

 そして、

『この世界が好きだ。滅びてほしくない』。


 繰り返しますが、ありきたりな台詞です。あるいは魂のない主人公がクエストを進行させるためだけにつぶやく、意味のないうわごとなのかもしれません。

 ですが物語のこの段階に辿り着いた多くのプレイヤーにとって、この言葉は自らの偽らざる思いそのものです。

 その思いを、主人公であるドヴァキンの『声』として、スカイリムという世界に叫ぶ。

 その瞬間、自由気ままな冒険と魂のない主人公は、我々プレイヤー自身をも含んだ英雄譚(ものがたり)として完成を見ます。


 メタ演出やギミックというにはあまりに素朴だし、そもそも狙って作ったわけですらない、偶然の産物なのかもしれません。


 ですがこの選択肢が、なんてことのない言葉があることで、スカイリムの世界には確かにぼくらやあなたの物語が存在しうるのです。

 以上、いろいろあってメタフィクショナルという演出が注目されている昨今「目立たないけど面白いものがここにもあるよ」ということで、だらだらと語ってしまいました。


 毎回手を変え品を変え文体を変えの手探りで書いているのが災いしてか、今回に至ってはますます筆が迷い、エッセイなのかレビューなのかよくわからんものになってしまいましたが。

 これが新たなドヴァキンの冒険や、もしくは誰かの面白いもの語りのきっかけになれば幸いです。



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