第6話


「……っ……ふ、……ふふ……」


 思わず、自嘲に笑いが洩れる。




 これが、俺達の距離。


 俺が、許される距離だ。




 手を握ることが出来る。指にキスもさせてもらえる。



 「好き」と言えば、「好き」と返してもらえる。



 座っているイスに、膝を付く事も、両肩を掴む事も許される。





 ――だけどキスは、拒むんだ。





「これが…………あんたの、答えってワケだ」


 顔を伏せて呟いた俺に、奥野は「だって」と言った。


「矢野は生徒で、僕は教師だ」


「そんな――言い訳……」




 俺は奥野から手を離して、膝も引く。




「じゃあ俺が卒業したら、今度はなんて言い訳する気だよ? さっき言ってたように『後輩だから』? それか『未成年だから』って? ……――そんで結局は、『お前は男だから』って最後まで俺を拒むんだろ?」




 向かい合って、あいつを見下ろした。


 俺を見上げていた奥野は、何かを思う顔をしたけれど、結局は何も言わずに笑いを吐く。




「なんだよ。『月が綺麗ですね』とでも言えっていうの?」




 笑って。肩を竦めて。


 この期に及んで、冗談に紛らわせようとした。





 ……卑怯だろ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る