第5話


 奥野は僅かに驚いた顔をして、少しの間の後、フッと笑った。




「ありがとう。僕も矢野のこと好きだよ」




 軽い調子で返してくる。




「それは――。生徒として……って事なんだろうな」


 指を握ったままの俺の手はそのままに、「勿論そうだよ」とどうという事もないように微笑んだ。


「意外と絵には真剣な処も好きだし、僕が行っていた大学に合格してくれたのも嬉しい」


 教え子だし、今度は後輩になる、と。あくまで教師としての顔をして言った。




「俺、は――…」




 くやしくて、イラだたしくて、握る手に力を込める。


 震えてんのなんて、もうとっくに伝わっているんだろう。




「生徒として、言ったんじゃねぇよッ!」




 手を引っ張って、胸倉を掴むようにして。さっきまで俺が座っていたイスに、奥野を座らせた。


 ガタンッ! と。イスが大きく軋む音がして、痛みに奥野が顔をしかめる。


「お前ね――」


 文句を言おうとした奥野を睨みつけて、手は離さずに、座面の彼の腰の横へと膝を付いた。




 呆気に取られているのか、引いているのか。




 何も言わない奥野の両肩に、手を置く。


 止めろと言わない彼に、唇を近付ける。




 唇が触れ合う寸前、あいつは顔を逸らせた。


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