第4話


「でもこのままだと、ただの僕好みの絵になってしまいそうで怖いよ。僕好みの絵が、彼女の行く大学の教授が評価する絵かどうかはわからないから」


「あんた好みの、絵になりたいんだろうよ」


 じっと見つめながら言ってやる。


 俺を見返した奥野は、しばらくの間を置いて、クスリと笑った。




「矢野、お前は。たまに訳の解らない事を言うね」


 思わずハッと笑いが洩れる。


「あんたのそーいう、大人のズルい処は嫌いだよ」


 俺の言葉に、ヒョイと片眉を上げる。


 そうして筆に伸ばした手を、掻っさらってやった。




 ――相変わらず、綺麗な指をしていると思う。




 最初に好きになったのは、男のクセに細くて長い指だった。


 神経質そうで、繊細そうで。


 でも性格は全然神経質でも繊細でもないって、後から思い知らされたんだが……。




「先生の手、好き」




 呟いて、奥野の指へとキスをする。


 抵抗しない奥野は、けれどボソリと呟いた。




「さっきトイレ行ってきた手だよ」




 呆れる。


 そんなんで、止めさせられるとでも思ってるんだろうか……。




「手、洗ってねぇの?」


「いや、洗ったけど」


「……ま。あんたのなら舐めてやってもいいケド」


「はい、セクハラ反対」


 奥野のセリフに、クスリと笑ってやる。


 いつも油絵の具の匂いがする指は、微かに石鹸の香りがしていた。




 その指に、もう1度キスをして。




「先生が……好き」




 指を握ったまま、上目遣いで奥野を見つめ、告白した。

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