第3話


「だいぶ出来てきたな」


 ん? と訊き返してきた奥野に、アゴで油絵を示す。


「あぁ、なんとか個展にも間に合いそうだよ。――たぶん」


「だからギリギリんなってからアセる、その性格なんとかしろよ」


 先輩と一緒にやる個展なんだろ、と呆れた俺の言葉に笑った奥野が、筆を持とうと手を伸ばす。




 ――コンコン。




 今日2回目の、ノックが鳴った。


「はい」


 返事して、奥野がドアへと向かう。と同時に、俺はドアからは見えない物陰に隠れた。


「すみません。スケッチを見て頂きたくて」


 美術部の部長だった上田は、幽霊部員だった俺とは違って、真面目に絵を描いていた。




 そして真面目に、奥野を想い続けてきたのだろう。




「頑張ってるなぁ」


 感心したように呟いた奥野が、「見せて」と言う。そして廊下に出ると、ドアの閉まる音がした。


 俺に彼女との会話を聞かれたくないのか、上田に俺が居る室内を見せたくないのか――どっちなんだろう、と思ったりする。


 ボソボソと聞こえる話し声は、何を言っているのか判らない。


 しばらくすると上田の遠ざかる足音がして、奥野が室内に戻ってきた。




「部活が引退になってからもよく来るな、彼女」


 俺の言葉に「そうだね」と小さく奥野が頷く。


「彼女が行くのは有名な美大だから。不安なんだってさ」


 そう言って、肩を竦め笑った。

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