第9話


 卒業式の後の教室は、なんだかぽっかりとあいた、俺の心の空間のようで……。


 もう聞こえない筈のクラスメイト達の声が、聞こえるような気がした。




 自分のだった机に1人突っ伏していると、ガラリッと幻聴ではない音がする。


 顔を上げると、扉に手をかけたままの檜山が、驚いた顔で俺を見ていた。




「何してるんだ? 皆もう帰ったぞ」




 扉を閉めて入ってきた檜山は、黒板いっぱいにチョークで書かれた大きな『祝! 卒業!!』の文字と、その周りの色とりどりのクラスメイト達の書き込みを眺める。


 しばらく微笑み見つめていた檜山が「菅田」と俺を呼んだ。


「何?」


「君の、書き込みがないんだけど?」


 思わず絶句する。


 皆、思い思いに書いただけで、全員が名前を書いている訳じゃない。




 それなのに、俺のがないと、判るなんて――。




「………………」




 俺は再び、机に突っ伏す。


「……なぁ先生」


「ん?」


「結婚して良かった?」


「………………」


 顔は見えないが、返事に詰まったらしい檜山は無言だ。


 どんな表情してんだろ、と思いながら、歩き出した檜山の足音を聞いた。




「あいにく私は、生徒相手にノロける趣味はないんだ」




 シャー、シャー、と。


 檜山が教室のカーテンを閉めていく音がする。


「聞けるのは、ノロケ、なのかよ?」


 俺の言葉に、全てのカーテンを閉め終えた檜山が笑った。

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