第10話
「さぁ、菅田。これで見るのは私だけなんだから、何か言葉を書いてくれよ」
すぐ消すから、と笑いを含んだ声で言う。
机の1つに腰掛け、本格的に待つ体勢を取った檜山に、渋々席を立った。
「――なぁ先生。俺が生徒じゃなくなって……また、会えたら。そん時は聞かしてくれる? 今の答え」
檜山の答えを待たずに、黒板の前まで歩いて行って、チョークを持つ。
『あなたに、また会いたい。』
空いてる場所に、それだけを書いた。
俺が無言で机に戻ると、カシャ、と音がする。見ると、檜山が黒板をスマホで撮っていた。
「あっ。――きったねぇー」
すぐ消すっつったのに、と言えば、フフンと笑った檜山が「消すよぉー」と黒板消しを手に持つ。
その手が、1つ1つ。全ての言葉を丁寧に消していくのを、ただ眺めた。
教室の鍵をかける檜山と共に、廊下に出る。
「先生、色々とありがとう」
それ伝えたくて残ってたんだった、と言えば、檜山は微笑み、右手を差し出した。
「いつか――また会おう。菅田」
右手なのが当たり前でも、それが指輪のはまる左手でなかった事が、嬉しかった。
パンッ! と。右手で檜山の掌を叩く。
「…………。ここは普通、握手だろう」
不満げな檜山に、「握手はまた、会えた時に」と笑って背を向けた。
あなたの手の温もりも、伝わらない程の、一瞬の触れ合い――。
けれど右手は、これ以上ない程に熱を持っていた。
なぁ、先生。
また、会えた時。ノロケを聞かせてくれ。
「結婚して良かった」
と。俺の好きなあの笑顔を見せてくれ。
あなたは、俺の希望。
いつか、また、あなたに――。
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