第6話


 檜山は俺が何か話題を振る以外で雑談はしない。


 俺も短いながらもこの『時間』を大切にしたくて、無駄話を振るような事はしなくなった。




 2人だけの空間。




 視線は合わすけれど。



 プリントの同じ箇所を互いに指差し合いながら、言葉を交わすけれど。


 嬉しそうに微笑む顔は、俺だけに向けられるけれど。




 なのに俺達の指は、手は、肌は――。






 1度も触れ合う事はなかった。






 彼が触れた場所を、俺の掌がなぞる。


 けれど俺の掌は、彼の体温がどんな暖かさなのか、知らないままだった。






 不機嫌に車を降りていけるあなたの奥さんは、その暖かさを知っているんだろうな。






 怒りをぶつけても、どんなに憎たらしく振舞っても。


 彼の隣に、彼の帰る場所に、自分の居場所があるのを知っている……。






 ――そんな羨ましさではない自分の心にある苛立ちに、俺はいつも可笑しくて、嗤ってしまうのだ。



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