第6話
私は午前八時に再起動した。一番に確かめたのは、天気だ。雲はあるが昨晩より少ない。雨は降っていない。良かった、と私は昨晩の翡翠を思い浮かべて、安堵した。
午後になると、遠雷は台所に立って、夜に振る舞う料理の下ごしらえを始める。翡翠は庭の飾り付けをして、木々の間に提灯をぶら下げた。それを手伝っていると、レンタル業者が庭に置く椅子とテーブルと調理器具と食器を届けに来た。受け取ってそれを庭に運び出す。その間に今度は遠雷が注文した酒や総菜が次々と届いた。
時折、近隣に住む人が犬を連れて庭の横を通り過ぎると、
「また後でね、翡翠」
「お菓子を持っていくね」と、彼らは口々に翡翠に声をかけた。招待されているらしい。
飾り付けがあらかた終わり、休憩している時、翡翠は私に向かって言った。
「ジェイドがいてくれて助かったよ。ありがとう」
その言葉は私を喜ばせた。私は翡翠と遠雷の役に立っていると感じ、嬉しかった。だがそれと同時に、私は自分が欠陥品であると強く感じた。
日が沈むにつれて、空に浮かんだ地球が輝き始めた。空はすっかり晴れていた。翡翠の期待どおりと言っても良い。
遠雷が庭に出てきて、翡翠と並んだ。彼らは一緒に淡く輝く地球を見上げる。
私も彼らの背後から、同じように地球を眺めた。
かつて、地球には月と同じように人類が生息していた。だが、それはもう一千年以上も前の話だ。年代は特定されていないので、推測にすぎない。その地球人は滅びてしまい、今はあの頭上で輝く青い星に、人間はいない。だから遠雷の話は妙だった。遠雷は私に嘘をついたのだろう。理由はわからないし、問題ではない。
彼の嘘のつき方を、私は学習した。
「予想どおりだったな」
「おれは運が良いからね」
「翡翠じゃなくて、おれの強運のおかげだろ?」
「遠雷のは強運じゃなくて、単なる悪運じゃん」
私の目の前で彼ら軽口を言い合って笑った。すっかり晴れて地球が美しく見えることに、ふたりとも満足しているようだった。
「ジェイド」
翡翠が一度家の中に入った時、遠雷が私に近づいた。
「少し上手くなったな。人間らしさの機能は、ちゃんと動いてるみたいだな」
「あなたと翡翠の会話を学習しました」
遠雷が薄く笑った。
「人間のふりができるなんて、完璧じゃないか。本当に欠陥品なのか?」
「まだ生きている機能があるんです」
「それじゃ不足なのか」
「わたしの不具合は、それだけじゃないんです」
「まあな、その頑固なところは不具合かもな」
遠雷はそう言って肩を竦めた。
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