第29話隠しキャラの意識
「それは?」
「これはどんなに体調が悪い時でも、心が辛くくなった時でも、たちまち元気になれる魔法のアイテムさ」
そう言って箱から取り出したのは美少女アニメをモチーフにしたフィギュアだった。
商店街の中にはアニメショップまであり、そこでケイトは自分が見て一番可愛いと思ったフィギュアを選んできたのだ。
「……それってケイトさんの趣味ですか? お見舞いにそういう物をいただいたのは初めてです。あ、ありがとうございます」
やよいは引きつった笑顔でお礼を言った。完全にどん引きしていることだろう。
「すごく可愛いだろ。やっぱり美少女キャラクターは心が癒やされるよ。それに知ってるか? 最近の美少女フィギュアっていうのは、スカートの中まできちんと作られてるんだ。見てみなよ」
ケイトはフィギュアを逆さまにしてやよいに向けた。
やよいは赤くなって目をそらした。
「そんなもの見せなくていいです!」
「遠慮することないのに。でも、フィギュアのパンツって基本的に白なんだよな。実際の女の子はもっと色とりどりのパンツを履いてると思うんだけど。やよいは何色のパンツ履いてるんだ?」
「教えられるわけないじゃないですか!」
「だったら」
ケイトはやよいをベッドに押し倒した。
「ケイトさん?」
「教えてくれないなら、直接見せてもらおうかな」
ケイトはやよいのズボンへと手を伸ばした。
「や、やめてくださいケイトさん! 冗談ですよね?」
やよいは慌てたようにズボンをぐっと掴んだ。その顔には恐怖心が浮かんでいた。
「軽率に男を信じるとこういうことになるんだぜ。会ったばかりの男の背中におぶさって、部屋まで連れ込んで、誘ってるって思われたって仕方ないじゃないか? じゃあパンツが駄目なら、せめてキスぐらいさせてくれよ」
「さっきよりひどくなってるじゃないですか!」
非難するやよいの言葉を無視して、ケイトはゆっくりとやよいの唇に顔を近づけていく。
「だ、駄目です、ケイトさん! 悲鳴上げますよ?」
「やよいはおれの事嫌いか?」
「き、嫌いではないですけど、でも、そんな、いきなり」
「だったら、いいよな?」
ケイトはさらにやよいに顔を近づけた。
「ケ、ケイトさん……」
やよいのすぐ目の前まで、ケイトの顔が迫った。あと少しで唇が重なりそうだった。
「やっぱり、駄目です!」
やよいは思い切りケイトの身体を突き飛ばした。ケイトはどしんと床に尻餅をついた。
やよいはぜえはあと息を切らし、ケイトを睨みつけた。
「こんなの酷いです! ケイトさんが、こんな事する人だなんて思いませんでした」
だがケイトはやよいの視線を受け止め、不適な笑みを浮かべた。
「やっぱり、男にキスされるのは気分悪いよな?」
「そんなことないですけど、でも、それは、もっと段階を踏んでからじゃないと……」
「とぼけなくてもいいんだぜ? もうゲームは終わりだ。素に戻ったらどうなんだ? 中原清二さん」
「え?」
ケイトの言葉に、やよいは凍り付いた。
だがすぐに取り繕うように声を上げた。
「な、何の事ですか? 私は、春風やよいですよ?」
「さっきフィギュアを見せた時、ぴくって少し反応してたよな? それにさっきキスをしようとした時、あんたはあからさまにおれを拒否した。それは自分が男であるゆえに、男にキスされるのが嫌だったからじゃないのか?」
「ち、違います! いきなりキスされそうになったら、普通女の子ってそうするものじゃないですか」
「普通だったらな。でもこれはご都合主義の恋愛シミュレーションゲームだ。登場する女の子は無条件で主人公に恋心を持っている。主人公のやる行動に、拒否されることはない」
「それでも限度ってものがあります。エッチな事はしたら駄目なんです」
「このゲームは欲望を叶えてくれるんだろ? あんたの理想には、女の子にキスをする事は含まれていないのか?」
「それを認めてしまったらただのエロゲーになってしまうんです。私の理想はそんなゲームを作る事じゃありません」
やよいはそこまで言って口を塞いだ。完全にケイトのペースに乗せられていたのだ。
ケイトはしてやったりといった顔を浮かべた。
「やっぱり、中原清二の意識は残っていたんだな」
「……どうして分かったんですか?」
観念したように、やよいはケイトの言葉を認めた。
「おれはただ、カマかけただけだよ。だらだらゲームを進めても状況が変わるとは思わなかったから、一か八かと思ってね」
「そんな……もしやよいの身体がやよいのままだったら、どうするつもりだったんですか?」
「このゲームはエッチな事は出来ないって言ってたからな。もしやろうとしたら時間が飛んでゲームオーバーになる。でも、時間が飛ぶことはなかった。だから賭けに出るだけの価値はあると思ったんだ」
「ゲームシステムを逆手に取ったわけですか。確かに私というイレギュラーが発生していますから、システムは一部崩壊していたと言ってもいいでしょう。でもそれ以外はきちんとゲームとして成立をしていた。あなたもこのゲームをプレーしていて、楽しかったんじゃないですか?」
するとケイトは恨みがましくやよいを睨みつけた。
「あんたのせいで楽しんでプレーする余裕はなかったよ。女の子たちの好感度を下げるのにどれだけ苦労したと思ってるんだ。おれにとっては厄介なゲームでしかなかったよ」
「だったらリセットしてもう一度プレーしてください。そうすれば、今度はきっと楽しい思いが出来ますよ」
「おれはあんたを連れ戻すためにこのゲームを始めたんだ。ゲームを楽しみたくて始めたわけじゃない。もういいだろ? いい加減、現実世界に戻ってくれないか?」
しかしやよいは首を横に振った。
「それは出来ません。ここは私の理想の空間なんです。せっかく作り上げた楽園から、出て行く理由はありません」
「出て行かなければ現実の身体は死ぬんだぞ?」
「それでもいいんです。この世界で死ぬことが出来るなら、本望です」
「身体がキャラに乗っ取られてるのに、何が楽しいんだ?」
「キャラクターを演じるっていうのも、悪くないものですよ? それに勘違いしてるようですが、こういう事も出来るんです」
突如やよいの身体から光が放たれた。その光量に、ケイトは目を覆った。
「うっ……」
やがて光は収縮し、そこには別の男性が現れていた。
「……あんたは?」
視力を回復しつつあるケイトは、新たに現れた男に怪訝な顔を浮かべた。
「これが俺、中原清二の本当の姿だ。ここはゲームの世界だ。イメージしたキャラを作り上げることも自由自在だ」
「なっ!? 何であんたなんかにそんな事が出来るんだ?」
「理屈は分からねえが、俺はこのゲームの支配者になったんだ。その気になれば、また自らがプレイヤーになってゲームをする事が出来る。邪魔者さえ入らなければ、そうするつもりだったんだ」
中原清二がゲームに取り込まれた後、若林が入り、そして今はケイトが入っている。
邪魔者とはその二人を指しているのだろう。
「今やこのゲームは俺のものだ。だから邪魔者がいるなら、力ずくで排除することも出来るんだぜ。こういう風にな」
清二はケイトに向かって手を突き出した。
刹那、ケイトの頭には突き刺すような激痛が走った。
「ぐああああっ!?」
ケイトは頭を抑えてのたうちまった。今まで味わったことがないような痛みがケイトを襲っているのだ。
「不思議なものだよな。ゲームから出たくないって強く願ったら、こうやってゲームの世界の一員になったんだから。このゲーム機の未知なる可能性を感じるぜ」
ケイトが苦しむ中で、清二は何事もないかのように独りごちた。
「そして俺はなぜかやよいと一体化し、ゲームの支配者となった。このゲームの
中では、俺は無敵の存在だ。……もういい加減苦しいのは嫌だろ? さっさとこのゲームから出て行けよ。そして二度と俺の邪魔をするな」
「……ふざけるな」
「は?」
ケイトは頭痛に苦しみながらも、呻くように声を絞り出した。
「……ここまで散々苦労させられて、今更後に引けるか。それに目の前で自殺しようとしてる人がいるのに、止めないわけにはいかないだろ」
「自殺だと? それはどうだかな。俺の意識は完全にこのゲームと一体化しているんだ。身体が死んでも、この世界で永遠に生きられるかもしれないじゃないか」
「そんな保証がどこにある? それにあんたもゲームが好きなんだろ? 生きていれば、これからもたくさんのゲームが出来る。好きなアニメもたくさん見れる。生きてた方がいいに決まってるだろ」
「この先どんなゲームが出てこようが、このゲームを超える作品なんて出るものか。たとえ作られた世界であろうとも、今この世界が俺にとってのリアルなんだ。お前なんかに、俺の気持ちが分かってたまるか」
ケイトの頭にさらなる激痛が走った。全身に痙攣まで起こり始めた。
「早く出て行かないと、脳が死ぬぞ? お前は生きていたいんだろ? だったら、さっさと出て行った方が身のためだぞ」
「ぐっ……」
激痛に耐えきれなくなったケイトは、腕のコントローラーに手を伸ばした。
刹那、ケイトの頭痛が一瞬にして消え去った。ケイトがゲームから脱出する前だった。
「なっ!? 何でお前がここに!?」
清二から驚愕の声が漏れる。頭痛のダメージで脱力していたケイトは、倒れたままその視線の先を追った。
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