第26話公園でのボール遊び

時間が飛び、ケイトは学校にいた。周りの生徒が帰り支度をしている事から、放課後のようだった。


「……とりあえず帰るか」

ケイトもまた、帰宅するために教室をあとにした。

いつもなら沙羅が一緒に帰ろうと声をかけてくるのだが、今日は友達と寄り道するとかで別々に帰ることになった。いつもケイトのそばにいることが多い沙羅だが、きちんと友達もいるのだ。


おそらくはやよいルートに入った事で、もう沙羅はケイトにべったりではなくなったのかもしれない。

玄関までの廊下を歩いて行くと、後ろから声をかけられた。


「ケイトさん」

振り返ると、そこにはやよいがいた。

「やよいか。こんな所で会うとは奇遇だな」

「ふふ」

やよいは笑顔で小さく笑い声を漏らした。


「……何がおかしいんだ?」

「ケイトさん、ちゃんと返事してくれました。無視されなくてよかったです」

「あっ」

ケイトは昨日やよいに対して無視するかもしれないと言っていた。

そんな些細な事を覚えていたやよいに、ケイトは少し驚いていた。


「ケイトさん、今帰りですか? よかったら、一緒に帰りませんか?」

「嫌だと言ったら?」

「勝手にケイトさんの後をついて行きます」

「強引だな」

「校門までは一緒の方向ですから」

そう言うとやよいはケイトの横に並んだ。


「……後をつけるんじゃなかったのか?」

「帰る方向は一緒ですから」

やよいはにこりと笑って見せた。

「まあ、いいけどな」

投げやりに答えて、ケイトは歩き出した。

玄関で靴を履き替え、校門を抜けると、まだやよいはケイトの隣を歩いていた。


「……いつまで一緒にいるつもりだ?」

「帰る方向は一緒ですから」

やよいは変わらぬ笑顔を浮かべていた。

「ケイトさんはいつも学校が終わったら、何をしてるんですか?」

「誰も絡んでこなければ、一人で帰って夕飯食べて寝るだけだよ」

時間がどんどん飛んでいくので、ケイトはありのままを答えた。


「高校生が寂しい青春ですね。要するに、基本的には放課後は暇なんですね。でしたら、私に付き合ってもらえませんか?」

「嫌だと言ったら?」

「無理にでも連れて行っちゃいます」

やよいはケイトの腕に絡みついた。

「好きにしな」

ケイトはやよいと一緒に寄り道することにした。



ケイトがたどり着いた場所は昨日と同じ公園だった。正確に言えば、一瞬でそこに移動していたのだ。

広場では、幼稚園児ぐらいの子供たちが、ボール遊びをしていた。

ケイトたちはベンチに腰掛け、その様子を眺めていた。


「やっぱり子供たちの元気な姿を見ると癒やされます。私はこの場所が大好きなんです」

「お前もたいがい暇人なんだな。人の事を言える立場か?」

寂しい青春とか言ってきたやよいに、ケイトは呆れたように呟いた。

「私は好きでこの場所にいるんです。私にとっては、すごく有意義な時間なんです」

「女子高生なら、もっと有意義な過ごし方があるようなものだけどな。友達とかいないのか?」

「私の友達はみんな、部活をやってるんです。だから放課後はいつも一人になってしまうんです」

「だったら、あんたも友達と同じ部活に入ればいいじゃないか。そうすれば放課後も友達と一緒にいられるし、楽しいんじゃないか?」

ケイトの言葉に、やよいは少し困ったような表情を浮かべた。

「私の友達はみんな、運動部なんです。私には、運動するだけの体力はありません」

それは前にも言っていた言葉だった。


「体力っていうのは自分で鍛えてつけるものなんだよ。運動しなければ、いつまでも体力は身につかないぞ」

「それはそうなんですけど……」

やよいは口をもごもごとさせた。運動するという言葉に、抵抗を感じているようだった。


「よし、だったら軽めの運動から行こうか。ねえ、そこのキミたち」

ケイトはベンチから立ち上がると、ボール遊びをしている子供たちに声をかけた。

「え? ちょっとケイトさん!?」

やよいからは慌てたような声が聞こえる。

ケイトは構わず子供たちに話を続けた。


「もしよかったら、あのお姉ちゃんも仲間に入れてくれないかな? あのお姉ちゃん、ボール遊びが好きなんだ」

すると子供たちは迷わずに答えた。

「うん、いいよ。お姉ちゃん、一緒に遊ぼう?」

子供たちの一人が、やよいのそばまで行って手を引いた。

やよいは困惑しながらも、子供たちの輪の中に入っていった。


「ねえ、お兄ちゃんも一緒に遊ぼうよ。当てっこしよう?」

「え? おれも? まあ、いいか」

やよいを放り込んだ手前、ケイトも子供たちとボール遊びすることとなった。

内容はドッチボールだった。ケイトとやよいは適度に投げたり避けたりして、子供たちに溶け込んでいた。

しばらく遊んでいると、あっという間に夕暮れになった。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん。今日はありがとう。また遊ぼうね」

「ううん。お姉ちゃんたちの方こそ、一緒に遊んでくれてありがとう。また遊んでね」

「うん。じゃあね。ばいばい」

別れの挨拶を交わし、子供たちは帰って行った。やよいは子供たちの背中が見えなくなるまで、手を振り続けた。


「楽しそうだったな、やよい。見てるだけじゃなくて、たまにはこういうのも悪くないんじゃないか?」

「はい。こんなに動き回ったのは久しぶりです」

やよいの顔には充実感が表れていた。遊んでる最中も疲れた様子も見せず、終始笑顔を絶やすことはなかった。


「こうやって少しずつ身体を動かしていれば、体力なんてすぐに身につくさ。さあ、おれたちも帰るとするか」

ケイトが帰ろうとすると、やよいが膝から崩れ落ちた。

「やよい? どうしたんだ!?」

突然のことに驚いて声をかけると、やよいは笑みを浮かべつつも、力なく答えた。


「すみません。少し疲れてしまいました。しばらく、帰れそうにありません」

「そんな急に……さっきまで何ともなかったのに」

「私、運動するといつもこんな感じなんです。気持ちに身体が追いつかなくて、いつの間にか倒れてて。体育の授業でこうなってしまった時は、友達がすごく心配してくれたんです。だから私、運動部には入らないんです。きっと周りの人に、迷惑をかけてしまいますから」

悲しそうに目を伏せたやよいに、ケイトは申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「その、悪かった。何も知らないで、勝手なこと言って、お前に無理させて」

「いえ、いいんです。運動しなければ体力がつかないっていうのは本当のことですし、それに、すごく楽しかったですから」

それは偽りのない言葉だった。やよいの顔を見れば、充分にそれを読み取ることが出来た。


「でも、もしあなたが私に対して罪悪感を感じているのでしたら、責任を取ってください」

「責任って?」

「私をおぶって家まで連れて行ってください」

「えっ!?」

ケイトは戸惑いの声を上げた。まさか女の子の方からおぶってほしいなんて言うとは思わなかったのだ。

しかも女の子を背負って歩いて行くなんて、恥ずかしくて抵抗を感じずにはいられなかった。


「無理でしたら、お姫様抱っこでもいいです」

「いやいや、それ、難易度上がってるから」

「ああ、もう駄目です。私、きっとこのまま誰にも助けてもらえず、この公園でのたれ死んでしまうんです」

「……なんか、急に体調悪いのが嘘くさくなってきたぞ」

やよいはわざとらしい演技をするが、顔色が悪いことからそれは嘘ではないのだろう。

おそらくケイトに罪悪感を与えないように、この場を茶化そうとしているのかもしれない。


「……じゃあ、おんぶでいいな」

そう言うと、ケイトはやよいの身体を背負った。体重はほとんど感じず、背中越しにやよいの柔らかい感触が伝わってきていた。

「では、あちらの方向にお願いします」

ケイトは照れながらも、やよいの指さす方へと歩き出した。



「ここです。ありがとうございます」

やよいに指示されながら歩いてたどり着いた場所は、住宅街の中にある二階建ての一軒家だった。庭は芝生で綺麗に整えてあり、玄関には鉢植えが置かれていた。

歩いたといっても公園を出てすぐに時間が飛んだので、ここまでの道筋は分からなかった。


「ここまで来れば大丈夫だな。じゃあ、下ろすぞ」

「駄目です!」

ケイトがしゃがみ込もうとすると、やよいが首に回していた手をぎゅっと絞めた。


「だ、駄目って何で?」

若干苦しくなりながらも、ケイトは怪訝そうに尋ねた。

「最後まで面倒見てください。家の中まで連れて行ってください」

「家の中って、まずいだろ。年頃の女の子が会ったばかりの男の背中に乗って帰ってくる姿なんて、家の人が見たら何て思うか」

「それなら大丈夫です。今までも友達の肩を借りて帰ってくる姿は、何度もお母さん見てますから」

「それは一緒にいたのが女の子だからだろ。しかも肩を借りただけなら全然今と違うだろ」

「いいから早く入ってください!」

やよいはさっきよりも強い力でケイトの首を絞めた。


「わ、分かったよ」

やよいの声に気圧されたケイトは、しぶしぶながらも玄関のドアをくぐることになった。

「お母さん、ただいま」

やよいが呼びかけると、間もなくして母親が顔を出してきた。


「お帰りなさい、やよい。あら、どうしたの?」

やよいの姿を見た母親は、驚いた表情を浮かべた。

「また、気分が悪くなっちゃった。でもこの人、同じ学校の神山ケイトさんが助けてくれたの」

「どうも」

変な状況で紹介され、ケイトはおずおずとお辞儀をした。


「そうだったの。わざわざありがとう。やよい、もう大丈夫なの?」

「ううん。まだ駄目みたい。少し、部屋で休みたい」

「そう。でもお母さん、やよいをおぶって二階まで行けそうにないわ。お母さん、腰痛めちゃったの」

「それなら大丈夫。ケイトさんが部屋までおぶってくれるから」

「えっ!?」

ケイトは困惑の声を上げた。現実世界でも女の子の部屋に入ったことのないケイトには、それは未知の体験だった。

しかも初対面の母親の前で恋人でもない自分がそんな事をするなんて、普通なら許されないであろう。


「あら本当? じゃあケイト君。悪いんだけど、やよいをお願いできるかしら?」

しかしやよいの母親は、あっさりと認めてくれた。

自分の娘の部屋に会ったばかりの男が入っていくことに、何の心配もしていないようだった。

「……はい、おれでよければ」

ケイトはそう返事するしかなかった。



やよいの部屋に入り、ケイトはベッドの上にやよいを寝かせた。

部屋の中は綺麗に整頓されており、隅にある勉強机の上も余計な物は何も置いてなかった。


柑橘系の香りが漂い、周囲には動物のぬいぐるみがたくさん置かれていた。

窓にはピンクのカーテンが敷いてあり、まさに女の子の部屋のイメージをそのまま具現化したような部屋だった。


「ありがとうございます、ケイトさん。ケイトさんがここまで運んでくれなければ、お母さんに負担をかけるところでした。お母さんが腰を痛めたのは、私のせいなんです。いつも私が具合が悪くなるたびに、おぶって部屋に連れてきてくれましたから」

「それでおれをここまで呼び込んだわけか。でも、会ったばかりの男を部屋に入れてもよかったのか?」

「はい。私はケイトさんのこと、信用してますから」

「……何を根拠に信用してるのかは知らんが、とりあえず用はここまでだ。あとはゆっくり休むんだな」

「はい、ありがとうございました」

やよいの返事を聞き、ケイトは部屋をあとにした。

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