第24話公園の少女
ミクとの線引きをはっきりさせた翌日、完全にミクは立ち直っていた。最初の頃と変わらない、いつもの調子で朝食を作ってくれた。
前日の修羅場を知らない沙羅と理香と夏樹も、普段通りに接してきた。
最初にミクとの修羅場に居合わせた結衣は、ケイトにしがみついた事も思い出したのか、相変わらず顔を真っ赤にして俯いていた。
一緒にいた椿は、修羅場を引き起こした元凶でありながら悪びれた様子もなく、その後のことまで面白がって聞いてくる始末だった。
ミクを泣かせた香澄は申し訳なさそうにケイトの前に現れたが、問題が解決したことを知るといつものぶりっこキャラを全開にし、強烈なアタックをかけてきた。
それらのものを全て上手くいなして立ち回り続けていたケイトは、次の休日を迎えることになった。
「二回目の休日か。それでおれは一体、なぜこんな所にいるんだ?」
ケイトがいた場所は住宅街の中にある大きめの公園だった。周りにはブランコに滑り台、シーソーなどの遊具が設置されており、子供たちがボール遊び出来るだけの充分な広場もあった。
休日に入った途端時間が飛んで公園のベンチに座らされていたケイトは、疑問の声を上げていた。
「そして隣で寝ているこいつは誰だ?」
ケイトの隣には、ケイトと同じ高校生ぐらいの少女が眠っていた。
肩まで伸びた髪に、整った顔立ち。色白な肌で、綺麗といった方が適切な美少女だった。
その少女は膝の上にブランケットをかけ、手には本が握られていた。
季節は春で、暖かく陽気な天気。眠りを誘うにはちょうどいいそよ風も吹いていた。
察するに、読書の途中で眠ってしまったという状態なのだろう。
「何だか知らないが、これってあれが起こるって事だよな? だったらさっさと離れるか」
しかしケイトが立ち上がろうとした途端、少女がケイトの肩にもたれかかってきた。
電車の中ではよくありがちな事だが、綺麗な女性が肩にもたれかかってくるって事は、男性にとってはちょっと嬉しいハプニングだったりする。
ケイトの予想通りの事が起こり、少女に肩を貸したままケイトは嘆息した。
「本当、色んなシチューエーションにこだわるゲームだよな。で、この後、あ、すみませんとか言って女性が気まずそうに離れていくものだけど、このゲームの場合そうはならないだろうな」
そう言った矢先、少女は目を覚ました。
「あれ? 私……え?」
少女はケイトの肩にもたれかかっていた事に気づくと、慌てたように飛び退けた。
「あ、あの、すみません。私、寝ちゃってたみたいで。本当にすみません」
「別に、そんなに謝らなくてもいいよ。よだれが垂れてきたわけでもないからな」
ケイトの言葉に、少女は慌てて口を拭った。よだれが垂れていたわけじゃないが、相手の好感度を上げないためいつも通り皮肉を漏らした。
「あの、私の寝顔、変じゃなかったですか?」
「いびきがうるさかったぞ」
ケイトのでまかせに、少女は真っ赤になった。恥ずかしそうに縮こまってしまう。
「ま、嘘だけど」
さすがにデタラメで相手を悪く言うのは申し訳ないような気がして、ケイトは正直に伝えた。
「もう、意地悪です。あれ? あなたは……」
ケイトの顔をよく見た少女は、少し驚いたように声を漏らした。
「おれの事を知ってるのか?」
「はい。神山ケイトさんですよね? 入学式の日に見ました」
「入学式って事は、同じ高校の学生って事か。でも、何で名前まで知ってるんだ? おれはあんたと会った覚えはないぞ」
「私は遠巻きに見てただけですから。あの時のケンカ、本当にすごかったです」
言われてケイトは、まだ不良だった時の香澄とのバトルの事を思い出した。
「あんたも見てたのか。あの頃が懐かしいぜ」
今のぶりっこキャラに変貌した香澄を思い浮かべ、ケイトはしみじみと呟いた。
「私、感動したんです。人って、あそこまで人間離れした動きが出来るんだなって。私には、とても真似出来ません」
「真似出来たら怖えよ」
相手の喉を掴んでの高々とした跳躍。格闘ゲーム補正がかかっていたからこそ出来た技である。現実の世界ではまず出来ない技であろう。
このゲームの中でさえ、あの時だけで普通に戻った状態ではとても出来ない技だった。
「それに感動したって、前にも言われたことがあるが、おれは女の子を殴り倒したんだぞ。褒められたことじゃないだろ」
「あれは彼女に非があったから仕方ないと思います。先に手を出したのは彼女の方なんですから」
「あんたもどこから見てたんだよ……」
夏樹の時同様、主人公に都合のいい解釈をされたことに、ケイトは呆れたように呟いた。
「私は身体が弱いせいで、学校も休みがちなんです。だから羨ましかったんです。私もあんな風に動けたらいいなって」
「……憧れを抱くにはかなり無茶なレベルだとだと思うぞ」
次元はあまりにも違いすぎていた。
「私には運動するだけの体力はありません。確かにあなたほどの力を求めるのは贅沢ですけど、でもほんの少しでもいいんです。元気に走り回れるだけの力があれば」
やよいは子供たちの方を見つめた。
「この公園に来ると、元気になれるような気がするんです。子供たちの元気な姿を見ると、パワーを分けてもらえるような気がして」
「寝てたら意味ないだろ」
ケイトの言葉に、少女は顔を真っ赤にさせて取り乱した。
「それは、その、あまりにもパワーをもらいすぎて、心地よくて寝てしまった、みたいな」
「どんな理屈だよ。そんなにパワーをもらってるなら、身体が弱いとか言うなよ」
「いえ、そういうことではなくて……うう、やっぱりあなた、意地悪です」
「誤魔化したな」
ケイトの皮肉に、ますます少女は縮こまった。
「でも、私にそんな風に言ってくれたのは、あなたが初めてです。私、よく気を遣われてましたから」
「おれにはそんな義理はないからな」
女の子との好感度を上げないためには、それが最善だった。
「私、二年E組の春風やよいっていいます。あの、もしよろしければ、またお話してもらえませんか?」
「面倒だな」
「ふふ、でも、私の方から話しかけちゃいますよ?」
「無視するかもしれないけどな」
「では、私はもう帰ります。また、お会いしましょう」
やよいは一礼すると、その場から去って行った。
ケイトは一連の流れを振り返り、ため息をついた。
「ようするに、守ってあげたくなるような病弱な女の子キャラってところか。そうやって男心をくすぐるつもりなんだろうが、おれには知ったこっちゃないけどな」
完全に他人事と割り切っているケイトとしては、またキャラが増えてしまったことに嘆息するしかなかった。
とその時、腕にはめているコントローラーからブザーが鳴った。若林からの呼び出しだった。
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