第23話妹のフラグ

成り行き上、ケイトはミクと一緒に帰る事になった。商店街を抜け、住宅街を歩いていく。

時間が飛ぶ事もなく、ミクが他愛のない話をひたすらケイトにするという、二人だけの時間が流れていた。


「ねえ、お兄ちゃん聞いてる?」

適当に相づちだけ打っていたケイトに、ミクは不満げに声を掛ける。

「ああ、聞いてるよ」

心がこもってない言い方に、ミクは疑いの眼差しを向けた。


「じゃあ、さっきあたしが何を話してたか言ってよ」

「学校の近くに新しいオープンカフェが出来たって話だろ」

まともに受け答えはしていなかったが、話だけは一応聞いていた。

「ちゃんと聞いててくれたんだ……」

聞き流されてはいなかったものの、ミクは釈然としない表情を浮かべた。


「ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんからも何か喋ってよ」

「別に話す事はないけど」

「そんな事言わないで。何でもいいから」

「家に着いたぞ」

二人は自宅の前まで来ていた。

ミクは不満げだった。


「お兄ちゃんの意地悪」

「生まれつきだ」

投げやりに答え、ケイトは門をくぐった。


「神山センパイっ!」

「どわっ!?」

不意に、横からケイトは何者かに飛びつかれた。全く予期していなかったため、ケイトは吹っ飛ばされてしまい二人まとめて地面に倒れこんだ。


「もう、神山センパイったらちゃんと受け止めてくれなきゃ駄目じゃない」

ケイトを跳ねとばした香澄は、ケイトの上に乗ったまま悪びれた様子もなく言ってのけた。


「いきなりタックル食らわせといて最初に言う言葉がそれか」

この日のイベントがまだ続く事に嘆息しつつ、ケイトは険悪な眼差しで香澄を睨みつけた。


「それにしても、神山センパイとこんな所で会うなんてもうビックリ。きっとこれって運命よね!」

「待ち伏せしといて運命なわけあるかっ!」

ケイトは強引に起きあがり、香澄を跳ねとばした。


「神山センパイ、痛い……」

お尻を打ち付けた香澄は、涙目を浮かべた。

「自業自得だ。だいたい、どうやって人の家を調べたんだ?」

「え? 何の事?」

「とぼけるな! ここがおれの家だって知ってて待ち伏せしてたんだろうが!」

「ええっー!? ここって神山センパイのおうちだったの!? 偶然入った家が神山センパイの家だったなんて、やっぱりこれって運命なのね!」

「嘘をつくな! さっきものの見事におれが入ってきたタイミングに合わせて飛びついてきただろ! たまたま入った家で、そんな芸当が出来るわけないだろ! しかも不法侵入だぞ」

「神山センパイ。運命に細かい事を気にしちゃ駄目だよ。スミスミたちの愛は、永遠なんだから!」

香澄は無理矢理話をまとめると、再び抱きつこうとケイトに飛びついた。

バシッ!

しかしカウンターで放たれた掌底が額にヒットし、香澄は撃沈した。

その掌底を放ったのはケイトではなく、間に割って入ったミクだった。


「さっきから黙って見てたら、一体何なの!? 勝手に人の家に入り込むし、うちのお兄ちゃんにちょっかい出すし、変な事すると警察呼ぶからね!」

ミクはケイトを守るように仁王立ちになり、うずくまる香澄を見下ろした。


「いや、そこまでしなくても……」

本当に警察沙汰にしかねないミクの言葉に、ケイトは困ったように呟いた。

「うう……いきなりひどいよぅ」

香澄は額を抑えつつ、涙目で掌底を放ったミクに視線を向けた。


「何? 文句あるの?」

ミクはケンカ腰に香澄を睨み返した。かかってくるなら相手になると言わんばかりだった。

年上相手に、たいした度胸である。


「あれ? あなた誰?」

香澄は今初めてミクの事を認識したようだった。初対面の相手にキョトンとする。


「あたしはお兄ちゃんの妹よ」

「妹? 神山センパイ、妹さんがいたんだ。じゃあ、ご挨拶しないとね」

香澄は敵意を持たれている事に気付いてないかのように、びしっと改まって友好的な笑みを浮かべた。


「初めまして。神山センパイの恋人の、前原香澄っていいまーす。スミスミって呼んでね」

「おい」

勝手に恋人呼ばわりし、ケイトは咎めるように呻いた。

だがそんなケイトの反応をよそに、ミクは愕然とした。


「恋人っ!? ちょっとお兄ちゃん! それ、本当なの!?」

噛みつかんばかりの勢いでケイトに詰め寄る。

ケイトは力一杯否定した。


「そんなわけあるかっ! こいつだけは冗談でも恋人とは言いたくない!」

「もう、神山センパイったら妹さんの前だからって照れなくてもいいのに」

香澄はミクをかいくぐり、ケイトに抱きついた。

その素早い動きに、二人は意表をつかれ全く反応出来なかった。


「コラ! いきなり抱きつくな!」

「ちょっと何してるの! お兄ちゃんから離れて!」

振り払おうとするケイトに加勢し、ミクも引きはがそうと香澄の背中を引っ張る。

すると香澄はあっさりと離れ、今度はミクに抱きついた。


「未来の妹さん。これからはスミスミの事、お姉ちゃんって呼んでもいいからね」

「何でそうなる!?」

「誰が未来の妹よ! くっつかないで!」

「だって、将来スミスミと神山センパイは結婚するんだもん。あなたとも家族になるんだから」

『けっ、結婚!?』

ケイトとミクは同時に声を上げた。

あまりにも飛躍した発言に、愕然とする。

香澄はミクから離れ、再びケイトに近づき腕を取った。


「さ、神山センパイ。妹さんへの挨拶も終わったから、これからデートに行こう?」

「ちょっと待て! たった今爆弾発言しといて、普通に流すな!」

「え? 何の事?」

「とぼけるな! 言っておくが、おれはお前なんかと結婚する気はないからな!」

「大丈夫だよ。スミスミ、ちゃんと大人になるまで待ってるから」

「そう言う問題じゃない!」

「そうよ! だいたい、お兄ちゃんと結婚だなんてあたしが許さないんだから!」

ミクはケイトと香澄の間に無理矢理割って入り、なおかつケイトの前に立ちふさがった。


「ダメだよ。お姉ちゃんたちの邪魔しちゃ。妹はいいコにしてないと」

「お姉ちゃんって言わないで!」

香澄はすでにミクの姉になったかのように、妹をあやすような目でミクを見つめていた。

ミクは刺すような目つきで香澄を睨みつけ、強く言い放った。


「言っておくけど、お兄ちゃんはあたしだけのお兄ちゃんなんだからね!」

「それもどうかな……」

ケイトはぼそっと呟いた。

相手が誰にしろ、ケイトは誰かの所有物になった覚えはなかった。


「えー、でもでも、いつかは神山センパイ、結婚するんだもん。いつまでも妹がそんな事言ってちゃダメなんだから。兄妹じゃ一生一緒にいられないんだよ」

変わらぬ様子で、香澄は軽い感じでそう言った。

だがその一言は、ミクに衝撃を与えた。

それはミクにとっては、一番触れられたくない事だった。


「……あれ? スミスミ、今変な事言ったかな?」

香澄は何が起きたのか分かっていないようだった。固まってしまったミクの様子に、途惑いを感じていた。

やがてミクは、絞り出すように声をだした。


「そんなこと……あなたに言われなくたって分かってるんだから」

ミクは香澄を睨みつけている。だがその顔は、今にも泣き崩れそうだった。

「えっ、あの、その、何だか分からないけど、ごめんなさい。スミスミ、今日はもう帰るね。本当にごめんなさい。じゃあ」

泣きそうなミクの表情を見た香澄は、居たたまれなくなり逃げるように走り去っていった。

香澄がいなくなった事で、重苦しい沈黙だけが残された。


「あいつを追い返すとは、やるな……」

結果的にケイトが何度も手こずらされた香澄を追い払い、ケイトは場違いにも感心したように呟いた。


「しかし……」

香澄がいなくなったとは言え、ミクは動かなかった。拳を握りしめ。今も立ちつくしている。声をかけづらい状況だった。


「どうすればいいんだ、これ……?」

現在、おそらくはミクの好感度に大きく関わる重要な場面に直面している。越えられない兄妹の壁に苦しむミクを、受け入れるか突き放すかという状況だ。


ゲームの設定上、いつかはこういう展開になる事は予想していた。どうすればいいか、答えもちゃんと分かっていた。

だがいざ目の前でそれが起こると、それを伝えづらかった。

場の臨場感がリアルに伝わるこのゲームにおいては、ここぞという時にはどうしてもゲームだと割り切れない部分があった。

今もケイトは、ミクという本当にいる女の子が、自分の事で苦しんでるように感じているのだ。


「本当にやりづらいゲームだぜ、まったく……」

思い通りに出来ない自分に、ケイトは歯噛みした。土壇場で非情になりきれないのは、もう何度も体験してる事だった。

やがてミクはケイトに向き直り、涙で濡れた顔で話しかけてきた。


「お兄ちゃん。お兄ちゃんにとって、あたしはただの妹なのかな……? どんなに頑張っても、あたしはお兄ちゃんの妹以上になる事は出来ないのかな……?」

今後のゲーム展開を左右する、決定的な質問だった。答え次第で、間違いなくミクのフラグが立つだろう。


ミクは泣いていた。香澄に刺激されたことで、よりその事実が重くのしかかっているのだろう。

自分では理解しているつもりでも、他人に指摘されたら受け入れられない。そんな葛藤に悩まされているのだ。


「ミク……」

ケイトは小さく妹の名前を呟いた。

ミクの気持ちは痛いほど伝わっていた。ゲームを始めた当初から、ミクが自分に対してどれだけの好意を持っていたかは充分に察することが出来た。


今もミクは、ケイトに懇願するような眼差しを向けている。ケイトに優しい言葉をかけてもらいたいのだろう。

だがケイトは理解していた。この瞬間だけは優しく接してはいけないことを。

ここでミクを受け入れてしまっては、ゲームを始めた目的がなくなってしまう。今まではこういう場面で非情になりきれなかったが、この時ばかりは心を鬼にすることにした。


「悪いけど、お前はあくまでもおれの妹だ。それ以上になることは永遠にない。むしろ、いい加減兄離れしてほしいぐらいだ」

ケイトの言葉に、ミクは肩を落とした。悲しそうに俯むき、しばらく動けないでいる。

やがてミクは、顔を上げて泣きながらも笑顔を浮かべてみせた。


「やっぱり、お兄ちゃんならそう言うよね。でもいいんだ。今は妹でも、いつかあたしが一人の女の子として見てもらえるように、いっぱい頑張っちゃうんだから」

それはメイドカフェでも言った言葉だった。


「どう頑張ったところで無駄な事だ」

ケイトも同じように、メイドカフェでのセリフで返した。

お互い同じやり取りをしたことで、思わず吹き出していた。場の緊張感が、少し和やかになった。


「さあ、お兄ちゃん。いつまでもこんな所に立ってないで、中に入ろう? メイドカフェで覚えたおいしいコーヒー、入れてあげるから」

「何を覚えてきたのか知らないが、インスタントはインスタントの味のままだろうけどな」

ケイトの皮肉を受けつつ気持ちを切り替えたミクは、いつもの調子に戻り家の中に入っていった。

ケイトは空を見上げて、大きく息を吐いた。


「これでよかったんだよな。これがゲームじゃなかったとしても、兄妹ってこういうものだろうからな。おれは負けなかったぜ。どっかの誰かさん」

ケイトはゲームに取り憑かれてしまった若林の友人、中原清二のことを呟き、家の中に入っていった。

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