第22話妹とクラスメイト

「なっ!? 何でお前がここに!?」

それはメイドカフェで置き去りにしたミクだった。そこでの一件でミクとのイベントは終了したと思いきや、同じ日に再び出てきたのは予想外だった。

しかも事故とはいえ、ケイトは今結衣に抱きしめられている。狙ったとしか思えない絶妙のタイミングだった。


「きゃあっ!」

ここでようやく我に返った結衣は、ケイトから勢いよく飛び退いた。顔を真っ赤に染め、胸を抑えて呼吸を激しく乱していた。

経緯はどうあれケイトに抱きついていたという事実で、強く動揺しているようだった。

ミクは結衣の様子には構わず、目をつり上げてケイトに駆け寄り、問い詰めてきた。


「お兄ちゃん! あの女の人は何なの!?」

「な、何って……ただのクラスメイトだけど」

ミクの勢いに思わず気圧されそうになりながら、ケイトは答えた。

だがミクは疑いの眼差しを向けていた。


「お兄ちゃんはただのクラスメイトと道ばたで抱き合ったりするの!?」

「抱き合ってたんじゃなくて、しがみつかれてたんだよ」

「嘘つかないで! ただの道ばたで、そんな状態になるわけないじゃない!」

 もっともな意見だった。

段差もぬかるみもない、舗装された平地。高いところから落ちそうになったわけでも、地震があったわけでもない。

転んだにしても、普通なら転ぶような地面ではなかった。ミクの言い分も頷けないわけではなかった。


「それについては、あいつに聞いてくれ」

ケイトは全ての元凶である椿を指さした。

楽しそうにケイトたちのやり取りを傍観していた椿は、悪びれた様子もなく答えた。


「いやー、かみかみをドキッとさせようと思って結衣をけしかけたんだけどね。抱きついたまではよかったけど、まさかこんな修羅場になるなんてね」

口調は完全に面白がっていた。もっとやって欲しいと期待してるかのようだった。


「かみかみ?」

ミクはその言葉に反応し、それがケイトの事だと気付くとさらに目をつり上げた。


「お兄ちゃん! あの馴れ馴れしい人は何なの!?」

「あいつはクラスメイトでも何でもない。ただの疫病神だ」

ケイトの説明に、椿はわざとらしく怒って見せた。


「ひっどーい! かみかみ、アタシの事そんな風に思ってたの!? 大親友だと思ってたのに!」

「そこで余計な口挟むな! て言うより、何で格上げしてんだよ!」

友達とすら認めてないうちに親友呼ばわりし、ケイトは不服げに叫んだ。


「そんな事より、そのコかみかみの妹なんでしょ? 名前何て言うの?」

素早く切り替えた椿は、興味をミクに向けていた。ミクのそばに寄り、友好的な笑みを浮かべている。


「この状況で普通に話しかけるな! 誰のせいで空気が悪くなったと思ってるんだ!?」

敵視されている相手に自ら近づくなど、地雷を踏みに行くようなものである。

案の定、ミクは椿に牙を剥いた。


「こっちに来ないで! 言っとくけど、お兄ちゃんはあたしだけのお兄ちゃんなんだからね!」

「かっわいい〜! こんなに小さいのにお兄ちゃんの事守ろうとしちゃって! もう、抱きしめたくなっちゃう!」

ミクの敵意を受けながらも気にした様子もなく、椿はミクを抱きしめようとした。

だがすかさずミクが両腕を突き出し、椿の顔面を押さえて接近を防いだ。


「気安く近づかないで! あたし、あなたなんて大っ嫌いなんだから!」

「うう……、もう、いけずなんだから。でも、そんな所も可愛い」

椿はめげずにうっとりとした視線をミクに向けていた。


「お前は可愛ければ誰にでも抱きつくのか……」

椿の奇行に、ケイトはあきれたように呟いた。

「それより、いい加減あいつを何とかしてやったらどうなんだ?」

ケイトはいまだに動揺から覚めない結衣を指さした。

言われて思い出したかのように、椿はぽんと手を打った。


「そう言えばそうだったわね。結衣〜、結衣もこっちに来なよ」

「え? きゃっ」

椿は結衣の手を取り、ケイトの前に引っ張ってきた。


「あ、あの……」

ケイトの前に連れてこられた結衣は、途惑ったように俯いた。さっきの事があったためか、目を合わせられないようだった。

結衣の顔を見て、再びミクは結衣との一件について騒ぎ出した。


「そう言えばお兄ちゃん、さっきこの人と抱き合ってたでしょ! どういう事なの!?」

抱き合ってたという言葉に、結衣はびくんと反応する。直接ミクに責められていないのに、結衣は顔を赤面させた。


「あ、あの、私……」

「何?」

結衣の呟きに反応して、ミクは顔を向けた。ケイトに向けていた表情そのままに、鋭く睨みつける。

ミクと目が合った結衣は、びくっと身体を震わせ泣きそうな顔を浮かべた。


「そ、その、ごめんなさい!」

結衣は突然、逃げるように駆け出していった。その背中が見えなくなるまで、たいして時間はかからなかった。

あっという間の出来事に、取り残された一同は茫然としていた。


「……何なの、あの人?」

思わぬ展開に、ミクは違う意味であきれたように首を傾げた。

「えっと、その……」

椿は困ったような表情を浮かべる。椿にしても、予想外の出来事のようだった。


「さっさと行ってやれよ」

ケイトは投げやりに言い放った。

逃げ出した結衣を椿が追いかけるという展開は、これで二度目だった。


「ごめんね、かみかみ。アタシ、もう行くから。結衣の事、変な風に思わないでね。じゃあ」

椿は結衣の後を追って走り出した。

騒がしいのがいなくなり、一気に辺りは静まりかえった。


「お兄ちゃん。あの人たち、一体何だったの?」

ミクは再び疑問の声を上げた。最初とは違い、ミクの中ではあの二人はケイトの恋人の類ではなく、変な人という疑惑がかかっていた。

「さあな」

ケイトは投げやりに答えるしかなかった。

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