第21話クラスメイトとの休日

時間はおそらくお昼頃。家路の途中にある商店街を、ケイトは一人歩いていた。

時間跳躍がなかった事から、この日のイベントはまだ終わりではないようだった。


「普通、デートイベントは一日に一回なんだけどな。中途半端に抜けたからこうなったのかな」

思えばデートであるなら一対一が基本のはずだ。一カ所に女の子が三人も出てきては、誰のイベントだったのか不明だった。

もしかしたら、あそこで一人だけを選んで集中して話しかけていれば、その相手とのイベントになったのかもしれない。今回ケイトの取った行動は、誰も選ばなかったといったところだろう。


「かみかみ元気〜?」

不意に、ケイトは勢いよく背中をバシッと叩かれた。

威力が強く、思わず前に倒れ込みそうだった。


「誰だいきなり!?」

背中に痛みを感じながら、ケイトは敵意を込めて振り返った。

「やっほー」

そこにいたのは高校生ぐらいの少女だった。ケイトの様子には気にした風もなく、にこやかに手を振っていた。

ケイトはその少女を見て、眉をひそめた。


「……誰だ、あんたは?」

多少見覚えがあるのだが、あまり面識がなかった。目立った印象もなく、そこそこの美少女だがどこにでもいそうな普通の少女だった。

少女はケイトの言葉に、一変して不機嫌な顔を浮かべた。


「ひっどーい! アタシの事忘れたの!? 一緒にご飯食べた仲なのに!」

「ご飯食べた……?」

言われてケイトは学食での事を思い出した。


「お前、あの時の割り込み女!?」

「誰が割り込み女よ! 普通に空いてた席に座っただけでしょ」

ケイトの言いがかりに、長谷川椿は口を尖らせた。

「割り込みしたようなものだろ。人が嫌がってるのに無理矢理座ってきたんだからな」

「別にあのテーブルはかみかみ一人の物じゃないでしょ。学食はみんなの物なんだからね」

「ちょっと待て。さっきも言ってたような気がするが、かみかみって何だ?」

「キミの事に決まってるでしょ。神山ケイトだからかみかみ。可愛い愛称じゃない」

「何でいきなり馴れ馴れしいんだよ!」

椿とはそれほど仲良くなった覚えはなかった。そもそも、ケイトは椿の存在自体たいして記憶に留めていなかったのだ。

その要因としては、メイドや幼なじみ、ぶりっこや挙動不審などの固有の特徴がなかったからだ。


なおかつ、椿とは彼女自身の好感度に影響しそうな会話をほとんどしていなかった。一緒にいた挙動不審キャラの芹沢結衣との絡みがあり、結衣のキャラが際だっていたため椿の存在感を薄れさせていたのだ。


「友達に対して何よその言い草! あんまりじゃない!」

椿は勝手にケイトを友だち呼ばわりしてきた。この強引さは香澄ばりだった。

友達になった覚えなど全くないケイトとしては、完全否定の姿勢を見せた。


「誰が友達だ! おれはお前と友達になった覚えはない!」

「一緒にご飯食べたでしょ!」

「お前が勝手におれの前に座っただけだろうが!」

「アタシのきつねうどん、食べたくせに!」

「食べてねえよ! お前の食いかけなんて!」

あの時椿は結衣を追うため、無理矢理残ったうどんをケイトに押しつけてきた。

しかしケイトはそのうどんに全く関心を抱かず、昼食イベントは終了していたのだ。


「経緯はともかく、同じテーブルで食事したんだから十分友達でしょ! なにがそんなに不満なの!?」

「心が通じ合ってないのに友達になれるわけないだろ! だいたい、あの状況で相席しただけで友達だなんて、どういう発想の仕方してんだよ!?」

「男がいちいち細かい事気にするんじゃないの!」

「重要な要素だろ! そもそも、なんでそんなにおれと友達になりたがってるんだよ!?」

「キミがからかうと面白いからよ!」

「馬鹿にしてるのかお前は!?」

無茶苦茶な理由に、ケイトは深々と嘆息した。


「……もう、お前にはついて行けねえよ」

「アタシがくっついて行くからいいもん」

「ストーカーかよ!」

「ストーカーじゃなくて友達でしょ」

「まだ言うのか……」

前回会った時は気付かなかったが、結構椿も厄介なキャラだったのかもしれない。


「つ、椿ちゃん……?」

横から遠慮がちな声がかかった。

ケイトは声の主を確認し、再びため息をついた。


「お前もいたのか……」

そこにいたのは結衣だった。結衣はケイトと椿を見合わせ、途惑った表情を浮かべていた。


「ああ、ごめんね結衣。急に離れたりして。もしかして、探してた?」

「……う、うん。突然いなくなっちゃってたから、びっくりしちゃった」

会話から察するに、二人は一緒に遊びに出てきてたのだろう。学食の時同様、この二人はセットのようだった。


「悪気があったわけじゃないの。たまたま彼を見つけたから、ついね」

「友達をほったらかしてまでわざわざおれをからかいに来たのか」

 ケイトは皮肉げにぼやいた。


「だって、せっかく面白い物見つけたんだもん。見逃したらもったいないでしょ?」

「おれは見せ物か!」

椿の中ではケイトは完全におもちゃのような存在にされているようだった。


「結衣も面白いから彼と遊んでみなよ。退屈しないわよ」

「え!? わ、私はそんな……」

結衣は過剰に反応し、口の中をもごもごさせた。


「遠慮する事ないわよ。彼、全然怒らないから」

「滅茶苦茶怒ってるわ!」

ずっと激怒しまくっていたにも関わらず、椿は無視してるようだった。


「……もう、お前と関わってると疲れるよ。あんたもこんな友達持って大変だな」

椿への皮肉を込めて、ケイトは結衣に哀れみの言葉を贈った。


「そ、そんな。椿ちゃんは、とても優しいコだから……」

結衣は椿をフォローしようとする。だがケイトに見つめられているうちに、慌てたように目を逸らした。


「結衣〜、可愛い事言ってくれるじゃない。このこの」

椿はいたずらっぽい笑みを浮かべ、結衣をぎゅっと抱きしめた。じゃれるように、頬ずりまでする。


「ちょ、ちょっと椿ちゃん!?」

一方で結衣は顔を真っ赤にさせ、困惑していた。嫌がっているが、無理に椿を振り払おうとする事は出来ないようだった。


「ずいぶんと仲がいいんだな。お前らがそういう関係だって事はよく分かったよ」

ケイトは椿にダメージを与えようと、わざと誤解したように嫌みたらしく言い放った。

すると椿は不適な笑みを浮かべ、反撃してきた。


「あれ〜? かみかみ、もしかしてヤキモチ?」

「は?」

「本当は羨ましいんでしょ。おれもアタシに抱きしめてもらいたいって」

「そんなわけあるか!」

妙な発言にケイトは力一杯否定した。


「それとも、アタシみたいに結衣を抱きしめたいのかな? 結衣、すごく可愛いもんね」

「何でそうなる!」

「抱きしめたかったらやってもいいわよ。アタシが許すから」

「つ、椿ちゃん!?」

「ほら、がつんとやっちゃいなよ」

椿は結衣を前に突き出した。逃げられないようにと、しっかりと肩を押さえつけていた。

被害者の結衣は慌てるばかりだった。


「何がしたいんだお前は!」

突然友達を差し出そうとする椿の行動は理解不能だった。

「遠慮する事ないわよ。ちょっと抱擁するぐらい。減るもんじゃないし」

「そう言う問題か!」

「ちょっ……やめてよ椿ちゃん」

危機を感じた結衣は顔を真っ赤にさせ、本気で逃れようとじたばたしていた。

だが椿の方が力が遥かに上なのか、その抵抗はほとんど意味を成していなかった。


「もしかしてそいつ、いじめられっ子なのか?」

いじめさながらの光景に、ケイトは本気でそう思っていた。

「いじめてなんかないわよ。だって、結衣ったらからかうとすぐに真っ赤になって可愛いんだもん!」

拘束を解き、再び椿は結衣を背中から抱きしめた。さらには耳元に息を吹きかけたりして、びくっと震える結衣の反応を楽しんでいた。


「そいつもお前のおもちゃだったんかい!」

親友と思われた結衣にさえも好き勝手やらかし、ケイトは呆れるしかなかった。

「やだ、おもちゃだなんて。かみかみったら相変わらずエッチなんだから」

「それはもういいって!」

学食での事に続き、このギャグはこれで二回目だった。


「しかも相変わらずってなんだ! お前はおれをどう思ってるんだ!」

「ええーっ!? それってもしかしてアタシに告白してるの!?」

「なんでそうなる!?」

「だって、アタシに好きって思われてるか気になってるんでしょ?」

「そうじゃないだろ! おれに対してどんな偏見を持ってるんだって聞いてるんだよ!」

「とっても格好良くて、面白い人」

「誉めるかけなすかどっちかにしろ!」

どう受け取っていいのか、分かりづらかった。


「どっちも誉め言葉なんだけどなぁ」

「お前に面白い人って言われると馬鹿にされてるようにしか聞こえねえよ」

「でも、格好いいって言われてドキッとしなかった?」

「するか!」

この状況で言われても嬉しくはなかった。


「こんな可愛い女の子に誉められてドキドキしないなんて、ずいぶん贅沢なのね」

「自分で言うな」

自画自賛もいいところだった。

と不意に、何を思ったのか椿は結衣から離れ、少し距離を取った。


「え?」

謎の行動に、結衣は途惑った表情を浮かべる。

ケイトもまた怪訝な面持ちで、にやにやしている椿の様子を見つめた。


「だったら、これならどう?」

椿はケイトに向かって、思い切り結衣を突き飛ばした。

「きゃっ!」

「うわっ!」

急に押された結衣は足をもつれさせ、ケイトに向かって倒れ込んできた。

反射的にケイトは結衣を助けようと手を伸ばし、その身体を受け止める。

しっかりと受け止められていながらも、倒れる余韻が残っているのか結衣は無我夢中でケイトにしがみついていた。


「お、おい……」

いつまでもしがみついている結衣に、ケイトは困ったように呟く。

とそこに、


「お兄ちゃん!?」

悲鳴じみた、聞き覚えのある声が別の所からかかった。

確認するまでもなく、ケイトは愕然とした。

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