第16話幼なじみのリベンジ
「お兄ちゃん、忘れ物だよ」
日付が変わって最初のイベントが玄関だった。朝食などはカットされており、服装も制服に変わっていた。昨夜目を閉じてから間もなくの展開だった。
ミクが渡してきたのは弁当だった。機嫌の方は完全に直っている。いつもながらの切り替えの速さだった。
「せっかくだけど、もうそんな物はいらない。これから学食で食べる事にしたんだ。余計な物は作らないでくれ」
「……どうしたの急に? もしかして、昨日のお弁当がおいしくなかったのかな?」
不安げにミクは尋ねる。
弁当をいらないと言われた理由を、自分の腕のせいだと思っているのだろう。健気な事である。
「昨日の弁当は関係ない。そもそも、昨日は弁当食べてないし」
「え? でもお兄ちゃんのお弁当箱、空になってたよ」
「は?」
思わぬ一言に、ケイトはキョトンとした。
おそらく、食べてなくても弁当は食べた事になるのだろう。そうする事で、ミクの好感度も保ったまま他の昼食イベントを引き起こす事が出来る。
通常のプレイヤーにとっては、これが都合のいい展開なのだろう。
「……まあいい。とにかく、お前の弁当がまずいわけじゃない。ただ単に、学食が食べたくなったんだ。理由はそれだけだ」
まずいと答えてもよかったが、それによってさらに料理の腕が上がってしまってはミクとの食事イベントが厄介になる。
おいしい物をおいしくないように食べるのは、気が張るのだ。
「本当にそれだけなの? あたしのお弁当がおいしくないんだったら、遠慮なく言って」
「しつこいぞ。理由はそれだけだって言ってるだろ。もう行くぞ」
「え? あ、待って。あたしも一緒に行く」
ミクはケイトを追いかけようとするが、その頃にはすでにケイトは走り出していた。
登校中、イベントが発生する事はなかった。
玄関先で沙羅が待っていたが、あっさり通り抜ける事が出来た。
時間が飛んで橋の上まで来ると理香が鞄を頭に乗せて歩いていたが、それも無視する事が出来た。
どうやら自分から話しかけない限り、毎回無理矢理女の子に捕まるわけではないようだった。
「おはよう、ケイト君」
時間跳躍により一気に校門をくぐったケイトに、夏樹が話しかけてきた。テニスウェアを着ており、朝練終了後といった感じだった。
「今度は強制イベントってところかな」
いきなり相手が現れ話しかけてきた事により、ケイトはそう判断した。
(いや、でも試してみるか)
無駄だと思いつつも、ケイトは逃げるために走り出した。
「ちょっと、何で逃げるの!?」
すぐさま後ろから夏樹が追いかけてくる。
だがその差はどんどん開いていき、予想外にもケイトは逃げ切る事が出来た。
「やってみるもんだな……」
教室まで移動したケイトは、意表をつかれたように呟いた。
時間は昼休みになっていた。授業はいつものようにカットされていた。
「ケイ君、お弁当食べよう?」
昨日と同じように、沙羅は机をくっつけ弁当を広げだした。
ケイトは無言で席を立った。
「待ってよケイ君。一緒に食べようよ」
沙羅はケイトの腕を掴み、引き留めようとする。
ケイトは振りほどこうとするが、沙羅に思い切り掴まれ、逃げる事が出来なかった。
「今度は強制か……」
ケイトは嘆息し、諦めて席に着いた。
「ケイ君、お弁当は?」
「昨日言っただろ。おれはこれから学食で食べるんだって。弁当なんて持ってきてないよ」
あきれたように言うと、沙羅は笑みを浮かべた。
「やっぱりそうなんだ。じゃあ、これ食べて」
沙羅はもう一つ弁当箱を差し出してきた。
「ケイ君、もうミクちゃんのお弁当食べないって言ってたから、私が代わりに作ってきてあげたんだよ。遠慮しないで食べてね」
「……なぜそういう展開になるのか理解出来ないんだが、余計な事はしないでくれ。大体、お前のあの殺人的なまずい弁当なんて食えるわけないだろ」
味覚細胞を破壊しそうなほどの濃すぎる味を思い出すだけで、悪寒が走った。
「昨日はごめんなさい。でも、今日のは大丈夫だよ。ちゃんとケイ君好みの薄味にしたから」
「お前の薄味の基準が分からないんだよ。それとも、今度は本当に薄味で全く味がないんじゃないか?」
極端な沙羅の味覚なら、あり得そうだった。
「まあまあ、とりあえず食べてみてよ」
見た目はおいしそうだった。漂う香りも悪くない。
おかずには、昨日と同じように卵焼きと唐揚げが入っていた。リベンジのつもりなのだろう。
もしかしたら、今回こそは本当においしいのかもしれない。料理オンチの女の子が好きな人のためにおいしい物を作れるようになるというシチュエーションは、男心をくすぐるというものだ。このゲームなら、それを狙っていた可能性は十分考えられる事だった。
しかし料理オンチは最後まで料理オンチというオチもあり得ない事ではなかった。いつもまずい料理を作り続け、それでも健気に努力をする姿も見ていて可愛らしいと思える。
料理上手なキャラにはミクがいる事から、キャラが被らないようにその逆のキャラがいたって悪くはなかった。
両方の可能性を考え、ケイトは弁当に手を伸ばすのをためらっていた。ただでさえ昨日の料理がトラウマになっているため、どっちに転ぶか分からないギャンブルには踏み出せなかった。
「ほら、遠慮しなくていいんだよ。食べてみて」
沙羅は卵焼きを箸で掴み、ケイトの口に押し込んだ。
「うぐっ!」
不意打ちを受けたケイトは思わず硬直した。
しかし口の中に広がる程良い甘さと柔らかさに刺激され、緊張はほぐれていった。それは前日食べた卵焼きとは遥かに別物だった。
「おいしい……」
自然とケイトの口から言葉が漏れていた。噛むほどに卵焼きの味が染み出て、いつまでも口の中に入れていたいほどだった。
ケイトはゆっくりと咀嚼し、じっくりと時間を掛けて卵焼きを飲み込んだ。
「どう、ケイ君? おいしいかな?」
期待を込めて沙羅は尋ねる。その表情には自信が溢れていた。
「ああ、確かにおいしいよ。ここまで進歩するなんてビックリした。というより、激マズ料理を食わされないでほっとした」
ケイトは心底そう思っていた。安堵感が先行し、料理をけなす事には頭が回らなかった。
「やっぱりケイ君、こういう味が好きなんだね。結構薄味だと思ったけど、ミクちゃんのお弁当に近づけるように頑張ったんだよ。そうすれば、ケイ君喜んで食べてくれるって思ったから」
「これで薄味かよ……」
通常レベルを薄味呼ばわりするのであれば、常に薄味の料理を作ってもらいたい物だった。
「それと勘違いしてるようだから言っておくが、別にミクの味付けに似てるから食べたわけじゃないからな。おれはあいつの料理に愛着を持ってるわけじゃない。他に作る人間がいないからあの料理を食べてるだけだ」
「そんな事言ったら、ミクちゃん可愛そうだよ。でも、ケイ君らしいね、そういうとこ」
「どういうとこだよっ!」
沙羅は勝手な解釈して微笑んでいた。おそらく、ケイトが照れ隠しをしているのだと思っているのだろう。
悪態が好感度ダウンに繋がらないようにとの都合のいい配慮なのだろうが、それを狙ってわざとやっているケイトにとっては迷惑な事である。
「あ、そうそう。ミクちゃんにお礼言うの忘れてたから、ケイ君から伝えといてね」
「お礼?」
「昨日のお弁当、おいしかったよって」
「は? おいしかった?」
一瞬何の事か分からなかったが、その時ふとケイトは朝ミクが言っていた空になっていたという弁当箱の事を思い出した。
「まさかお前……」
「うん、ケイ君がいらないっていうからもらっちゃった」
「お前のせいかいっ!」
てっきりご都合主義によるものだと思っていたが、食べられていたのであれば空っぽになっていたのは当然である。正当な理由があった事に、逆に意表をつかれた思いだった。
「勝手に食べちゃってごめんなさい。でも、今のケイ君の好みの味が知りたかったの。ミクちゃんなら、ちゃんとケイ君好みに合わせてると思ったから」
他人の味を真似して料理の腕を上げたというのなら、納得のいかない話ではなかった。この辺にも、理不尽な理由はないようだった。
「別に勝手に弁当食べた事は構わないけど、味見ぐらいだったら何も全部食べなくても良かったんじゃないか?」
ケイトの疑問に、沙羅は頬を赤く染めた。
「それはその……あまりにもおいしかったからつい」
「……さっき薄味とか言ってなかったか?」
「それでも、おいしいものはおいしいよ。薄味には薄味の魅力があるもん」
「馬鹿にしてるのかお前」
誉めてるつもりなのだろうが、完璧に近い料理に対して薄味とはけなしてるようなものである。
「ケイ君、まだまだたくさんあるからいっぱい食べてね」
ケイトの言葉を無視し、沙羅も自分のお弁当を広げ食事を始めた。
ケイトも余計な追求はせず、残りを食べ始め昼休みを終えた。
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