第14話クレープ屋でデート
午後の授業風景はカットされ、時間は放課後まで飛んだ。最初に沙羅に一緒に帰ろうと誘われたが、すぐに断った。
そしてここからは、昨日同様複数の選択肢に迫られる事となった。
「……どうせ何を選んだところで誰かとの接触は避けられないんだろうな」
一人でまっすぐ帰りたくても、その途中で必ず誰かが絡んでくる。寄り道すれば寄り道先で誰かと出くわす。
今の時点で予想が付くのは理香と夏樹の居場所だ。この二人はメイドカフェとテニスコートでほぼ固定であろう。
設定上、そこが二人のホームになっているはずだ。攻略をしたい時には、分かりやすいルートだった。
一人で帰る時に会うとすれば、香澄が濃厚であろう。朝散々デートと言っていた香澄なら、ケイトにデートを迫って追い回してくるかもしれない。
とはいえ結衣にも固定ポジション的な場所がないため、結局は誰がどこで現れるかは分からなかった。
沙羅と一緒に帰ったとしても、沙羅との単独イベントになるとは限らないし、他のキャラも複合する可能性は十分あった。
さらには家で毎日顔を合わせるミクとも会うかもしれないし、さらなる新キャラが現れる事もあるかもしれないのだ。
「……結局は、出たとこ勝負でするしかないか」
この日注意すべきは香澄であろう。ラブレターのイベントの流れから察すれば、香澄はケイトをなんとしてでもデートに引きずり込もうとするはずだ。
香澄のキャラに付いて行けないケイトとしては、もう関わり合いになりたくないキャラだった。
「この際、夏樹に会いに行くか。上手くいけば夏樹との単独イベントで終わるし、理香よりは好感度が低いだろうからな」
しばらく考えた末、ケイトは香澄をかわしたい一心でテニスコートに向かう事にした。
しかし、
「神山センパイ」
「どわっ!?」
唐突に、目の前に香澄が現れた。瞬間移動してきたかのような理不尽な登場に、ケイトは驚いて飛び退いていた。
そんなケイトにお構いなしに、香澄はケイトの腕にがっちりと絡みついてきた。
「もう、神山センパイったらいつまでたっても迎えに来てくれないから、スミスミ待ちきれなくて来ちゃった。さあ、デートしましょ」
無邪気な笑顔を浮かべ、香澄は甘えるように言ってきた。
「誰がするか! おれはデートするなんて言った覚えはないぞ!」
ケイトは香澄の腕を振りほどこうとするが、しっかりと固められて外れる事はなかった。
「もう、神山センパイったら照れる事ないのに。でも、そんなセンパイも可愛いんだから。きゃは」
妙な笑いにケイトは寒気が走るのを感じた。
「とにかくまずはおれから離れろ! これじゃまともに話が出来ないだろ!」
「デート、どこがいいかなぁ」
「人の話を聞け!」
「やっぱり、初デートはあそこがいいな。神山センパイ、行きましょう」
「勝手に話を進めるな! って腕を引っ張るな!」
ケイトは抵抗しようとするが、香澄の信じられないパワーの前にずるずると引きずられていく。まるで車で牽引されているかのようだった。
「ちょっと待て! 何でこんなに力が強いんだよ!」
思わぬ事態に納得のいかないまま、ケイトはあっさりと教室の外まで連れて行かれた。
気が付くと、ケイトは公園の中にいた。
教室を出た途端、いきなり時間が跳びここに来たのだ。こうなってしまっては、もはやあきらめるしかなかった。
「うーん、クレープ最高」
香澄はブルーベリーのクレープを片手に、満面の笑みを浮かべていた。
「ね、神山センパイもそう思うでしょ?」
「……おれがこれを口にしたように見えるか?」
ケイトの手にはかじられた跡のないクレープが握られていた。いつの間にか手の中にあったのである。
「もう、神山センパイったら甘えん坊さんなんだから」
「は?」
「スミスミに食べさせてもらうの待ってるんでしょ」
「そんなわけあるか!」
凄まじい勘違いにケイトは思い切り反論した。
「じゃあ食べさせてあげる。はい、あーん」
「だから違……んぐっ!」
言い終える前に、有無を言わさずクレープが押し込まれた。
「ほら、おいしいでしょ?」
全く悪びれた様子もなく、香澄は尋ねてくる。
「何しやがるんだ!」
確かにおいしかったが、香澄の行為に素直に頷ける状況ではなかった。
「あ、神山センパイったらほっぺたにクリームつけてる。お行儀悪いんだから」
「お前のせいだろ!」
「スミスミがきれいにしてあげる」
「って何で顔を近づけてくるんだ!」
ケイトは遠慮なくその顔にカウンターの掌底を放った。
「い、痛い……」
香澄はおでこを押さえ、涙目になっていた。
きっちりとダメージを与えられたことで、ケイトの心はすっとした。
「ひどいよ神山センパイ。スミスミはただ、神山センパイの顔をペロペロしようとしただけなのに」
「そう来ると思ったから止めたんだ」
すでにクリームはケイトの袖で拭き取られていた。香澄は不満げだった。
と突然香澄は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「気味が悪い奴だな。また何か悪巧みでも思いついたのか?」
急な変わりようにケイトは怪訝になる。
「えへへ、何でもない。あ、神山センパイ。後ろ」
「え?」
ベチャ!
振り向くと同時、ケイトの横顔に香澄のクレープが押しつけられた。
「……何のマネだ?」
ケイトは険悪な眼差しで香澄を睨んだ。
香澄は無邪気な笑顔を浮かべていた。
「もう、神山センパイったらまたほっぺたにクリーム付けてる。しょうがないんだから。スミスミがきれいにしてあげる」
「意地でもそれをやるつもりか!」
近づいてくる香澄の顔に、今度は拳を放った。
ゴツッ!
鈍い音がし、一瞬辺りが静まりかえった。
「うう……痛いよぉ」
香澄はおでこを押さえ、さっきよりも痛がっているようだった。
「殴ったぁ。神山センパイがグーで殴ったぁ!」
恨みがましく香澄は非難してくる。
「お前が妙な事しようとするからだ!」
ケイトは遠慮なく一喝した。
「うう……人前だからってそんなに照れる事ないのに」
「そう言う問題じゃない!」
「せっかく神山センパイの顔をきれいにしてあげようと思ったのにぃ」
「唾液で余計に汚れるわ!」
普通の男なら喜びそうなシチュエーションだが、ケイトには願い下げだった。
「あ、神山センパイ」
再び香澄は急に表情を変えてくる。
「今度は何だ? もう同じ手には乗らないぞ」
ケイトは香澄から目を離さないようにじっと見据えた。
とその時、ケイトの目の前を一匹のモンシロチョウが横切った。ケイトは思わずその動きを目で追ってしまう。
「隙ありっ!」
わずかに視線を逸らしたタイミングを逃さず、香澄は勢いよくケイトに抱きついてきた。
「甘いわっ!」
たいした隙が出来ていたわけではなかったケイトは片足だけを残し、身体を大きく横へ傾けた。
「え?」
目標物を失った香澄はその片足につまずき、抱きついてきた勢いのまま地面にダイブした。
ベチャッ!
受け身の取れなかった香澄は、顔面から地面に激突した。うつぶせに倒れ込み、ぴくりとも動かなかった。
予想以上の効果を得て、ケイトは思わず満足げに微笑んだ。
「さて、帰るか」
倒れた香澄に声をかけるまでもなく、ケイトは帰路へとついた。
「ちょっと待ったーっ!」
突然復活した香澄は、真っ赤になった鼻を押さえつつケイトに抗議してきた。
「ひどいよ神山センパイ! よけただけでなく、足払いまでかけるなんて!」
「なんのことだ?」
ケイトはわざとらしくとぼけた。
「スミスミ、今神山センパイの足に引っかかって転んだんだよ!」
「だからって別に足払いをかけたつもりはないぞ。ただ片足だけ引っ込め損ねただけだ」
「嘘だー。絶対に狙ってたー!」
「人聞きの悪い奴だな。おれはそこまでひどくはないぞ」
「神山センパイ、さっき倒れたスミスミの事見捨てて帰ろうとした!」
「気持ちよさそうに寝ているところを起こしたら悪いと思ったんだよ」
「こんなところで気持ちよく寝るわけないよ!」
さすがの香澄も怒りを隠しきれないようだった。顔面から転んだのが相当痛かったのだろう。今にも噛みつかんばかりに、ケイトを睨んでいた。
「そんなにおれに文句があるなら、遠慮しないで殴ってもいいんだぞ。仕返しがてらに殴ってこいよ」
ケイトは両手を広げ、無防備の体勢を取った。香澄のぶりっこキャラの化けの皮をはがそうと思ったのだ。
しかし香澄はケイトの態度を見て勢いを消沈させた。途惑ったように、ケイトを見据える。
「えっ……あ、その……」
取り繕うように香澄は声を出す。ケイトに嫌われる事を危惧してるのか、視線が泳いでいた。
「どうした? 殴らないのか?」
挑発するようにケイトは言う。
だが香澄の怒りは完全に鎮火していた。
「あ、あの、スミスミ、別に怒ってないよ。だって、神山センパイの事大好きだもん」
いつもの調子に戻り、香澄は満面の笑みを浮かべていた。どさくさまぎれに抱きついてきそうなほどだった。
「そうか」
ボカッ!
意味もなくケイトは香澄の頭に拳を落とした。
「いったーい! 何するのぉ!?」
「いや、これでも怒らないのかなって思って」
ケイトの態度は挑発的だった。
香澄は目に涙を浮かべて恨めしそうにケイトを睨みつける。だがそれでも殴り返そうとはしなかった。
「しぶとい奴だな。ならもう一発くらってみるか?」
意地でも香澄を怒らせようと、ケイトは拳を振り上げた。
「いやっ!」
香澄はびくっと身体を震わせ、目をぎゅっと閉じて身構えた。かわそうともせず、耐えるつもりのようだった。
その姿はまるで、いじめに耐えるいじめられっ子のようだった。
「うっ……」
香澄の様子を見て、ケイトは拳を振り下ろすのをためらった。自分が冷酷な極悪人のように思えたのだ。
うざったく思っていた相手とはいえ、怯える相手に手を出すほどケイトは非情にはなれなかった。
「ああ、もう!」
ケイトはぼりぼりと髪をかきむしると、意を決したように香澄を抱きしめた。
「えっ……?」
ケイトの腕の中で、香澄は驚いたように目を見開いた。身体が強ばっているのが感じられる。
ケイトは香澄を抱きしめたまま、ぶっきらぼうに言い放った。
「悪かったよ。さっきはやりすぎた。これで許してくれ」
しばらく呆気にとられたような沈黙が流れる。反応がない事で、ケイトは自分のしている行為を意識し始め、恥ずかしくなってくるのを感じていた。
だがしだいに香澄の緊張はほぐれてきた。そして自らもケイトの背中に手を回し、猫なで声をあげてくる。
「えへへ、スミスミ、最初から怒ってなんかないもん。神山センパイ、だーい好き」
香澄はケイトの胸に頬ずりをしてきた。まるで甘えてくる子猫のようだった。
さすがにそこまでやられると、ケイトは不快な思いをするのを感じた。
「調子に乗るな!」
ケイトは香澄の身体を思い切り突き飛ばした。
香澄は跳ねとばされるものの、にへらっとにやけ顔だった。
「何がそんなにおかしい?」
「えへへ。だって、神山センパイの弱点見つけちゃったんだもん。そっか、神山センパイってこういうのに弱いんだね」
「なっ!?」
自分が取った行動を改めて振り返り、ケイトは赤面した。
「あはは、やったやったー! これで神山センパイはスミスミの魅力にメロメロだもんね!」
「ふざけるなっ! さっきのはたまたまだ。二度も同情すると思ったら大間違いだ。なんなら、今度は本当に泣かせてやるぞ」
弁解するようにケイトは叫ぶ。だが赤面したままでは説得力が欠けていた。
「わあ、こわっ。泣いてもいいけど、やっぱり今日はもう痛いのはやだから、ぶたれる前に逃げようっと。まだ時間が物足りないけど、神山センパイにぎゅってされたからそれで我慢するね」
「その事は口に出すな! 記憶の中から削除しろ!」
「やーだよ。えへへ。じゃあね〜!」
にやけ顔のまま、香澄は走り去っていった。
ケイトは歯がみしながら、その背中を見送っていた。
「くっ、あんなことするんじゃなかった。なんでこんなに詰めが甘いんんだおれは」
やりすぎた事を後悔しながら、ケイトも帰路へとついた。
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