第13話クラスメイトと学食
学食は多くの生徒で賑わっていた。
四人用のテーブルが間隔を空けて並べられており、ほとんどの席が埋まっていた。
個人用の席があまりない事から、一人で来る生徒がいない事を前提にしてるのだろう。
実際、様子を見る限り座っている生徒はみんな友達連れといったところだった。
だがケイトはそんな事はお構いなしに、券売機の前に移動した。
メニューはうどんにそばに焼きそば、カレーライスに丼物と、定番とも言えるものが並んでいた。
唐揚げの塩分に舌をやられていたケイトはしょっぱい物を食べる気にはなれず、カレーライスを選んだ。
カウンターで券を渡すとほとんど待ち時間なく料理が出てきて、ケイトは適当な席に座ってカレーを食べ始めた。
「学食はなかなかの味ってところだな」
沙羅の料理の後遺症で思わず疑っていたケイトだったが、一口食べて安堵した。
コクが深く食べやすいケイト好みの辛さに、野菜の大きさもちょうどよかった。ミクの料理ほどではないが、十分満足のいく味だった。
「それにしても、沙羅の料理はありえないよな。家事全般をこなせそうだけど、実は極度の料理オンチっていう意外な一面で可愛らしさをアピールしてるつもりなのか? 完璧な女の子ほど、欠点には可愛く思えてしまう男もいるからな」
思えばメイドやぶりっこなど、マニアックなキャラはすでに登場していた。そう考えれば、沙羅もただの幼なじみキャラではなく、運動オンチで料理オンチという、ドジっ子キャラの要素を含んでいても不思議ではなかった。
「いろんな趣味のプレイヤーに対応してるってところか」
ケイトはそう結論づけた。
「ねえ、ここ空いてるかな?」
不意に、見知らぬ女生徒がケイトに話しかけてきた。
手にはきつねうどんを乗せたお盆を持っており、相席の申し出をしてるのだろう。
「あいにくだけど、おれは一人で食事がしたいんだ。余計な奴に座られたらメシがまずくなる。あっち行ってくれ」
ケイトは迷うことなく即答した。
察するに、この少女も主人公が攻略出来る新キャラなのだろう。余計なキャラが増える事は、ケイトにとっては論外だった。
「またまたぁ、そんな事言って強がっちゃって。本当は一緒に食べてくれる人がいなかっただけでしょ? しょうがない。寂しい青春を送っているキミのために、このアタシが座ってあげるよ」
「なっ!?」
勝手な事を言い、少女は向かいの席に腰を下ろした。
「アタシの名前は長谷川椿(はせがわつばき)。よろしくね」
「ちょっと待て! なに普通に自己紹介してるんだ!? そこに座るなって言っただろ!」
「キミって照れ屋さんなんだね。遠慮しなくていいのに。アタシなら全然気にしないから」
「誰も照れてねえよ! 自意識過剰なんじゃねえか!?」
「そんなに叫ばないでよ。いいじゃない、相席ぐらい。他に座るところがないんだから」
見渡すと、いつの間にか周囲の席は全て埋まっていた。
「どうしても座りたいだけだったら普通にそう言え!」
少女の言動は素直じゃなかっただけと納得し、ケイトは嘆息した。
「キミって面白いね。からかい甲斐があるなぁ」
「人をおもちゃにして遊ぶな!」
「やだ、おもちゃにして遊ぶなんて、エッチなんだから」
「どういう解釈してるんだっ!」
未成年には際どい言動だった。
「そうそう、もう一人友達が来るんだけど、別にいいよね。二人より三人の方が賑やかだし」
ケイトの返事を聞く前に、椿は視線を巡らせ友達を探し出した。
「あ、いたいた。結衣〜」
椿からは、聞き覚えのある名前が叫ばれる。
ケイトが気になって椿の視線を追おうとすると、そうするまでもなく相手が目の前に現れた。
「あっ」
ケイトに気付いた結衣は、驚いたように小さく声を上げた。
それはクラスメイトの芹沢結衣だった。昨日の一件を引きずっているのか、目が合った途端赤面してうつむいてしまった。
ケイトは追い打ちをかけるように、軽口を叩いた。
「誰かと思ったら、純白ちゃんじゃないか。今日も相変わらず純白なのか?」
ケイトの言葉に、結衣は恥ずかしそうにますます赤くなる。今にも泣き出しそうだった。
「なに、二人とも知り合いだったの? だったら気兼ねする事ないよね。結衣も早く座って座って」
「えっ、ちょっと!」
椿は立ちつくしている結衣を強引に座らせた。途惑う様子にもお構いなしである。
結衣の昼食は月見そばだった。だが座らされてからずっとうつむいており、全く食べようとしなかった。
「どうしたの、結衣? 早く食べないと、おそば伸びちゃうよ」
椿が気遣うように声をかけると、結衣は申し訳なさそうに口を開いた。
「……ご、ごめん、椿ちゃん。私、もう行くね」
「え? 行くって?」
「本当にごめんね」
結衣は逃げるように席を立つ。
だが駆けだそうとする結衣の腕を椿が掴んだ。
「ちょっと待って! どうしちゃったのよ結衣? まだおそば一口も食べてないじゃない」
「放して! もういいの! 今私食欲がないから!」
結衣が言い終えると同時、くぅという小さな音が鳴った。
「あ……」
結衣は恥ずかしそうにお腹を押さえた。
椿は再び結衣を強引に席に座らせた。
「ほら、やっぱりお腹すいてるんじゃない。ちゃんと食べないと、身体壊しちゃうよ」
「人前で腹の音響かせるぐらいだからな。無理はよくないぞ」
ケイトが皮肉を漏らすと、結衣はひときわ縮こまった。火が出そうなぐらい顔が真っ赤に染まっている。
「お腹が鳴るのは別にいいじゃない。生理現象なんだから」
椿はフォローするようにケイトを睨んだ。
「別にそれが悪いなんておれは一言も言ってないぞ。女の子の腹の音なんてそうそう聞く機会がなかったから、おれにとっては新鮮だったしな」
ケイトの皮肉は、しっかりと結衣に伝わっているようだった。身体がぴくんと反応している。
「可愛いものでしょ? 女の子がお腹が鳴って恥じらう仕草って。なんか、グッとこない?」
「おれにはそんなマニアックな性癖はない」
椿のフォローをケイトはあっさりと切り捨てた。
そこに、結衣からさっきよりも大きな腹の音が鳴り響いた。
「……そんなに腹が減ってるのか?」
二度目という事だけあり、ケイトはあきれるとともに普通に気遣うように声をかけた。
結衣の姿を見ていると、これ以上いじめるのはかわいそうに思え、皮肉を漏らす気にはなれなかった。
「結衣、早く食べちゃいないよ。昼休みだって終わっちゃうよ」
それでも結衣は食べ始めようとしなかった。ケイトと顔を合わせるのを避けたいかのように、ずっと俯いている。
「しょうがないな」
ケイトは嘆息しながら席を立つと、結衣の前髪を掴み顔を引き上げた。
さらに月見そばを箸で掴み、驚く結衣の口に無理矢理押し込んだ。
「んぐっ!」
結衣はわけがわからないといった感じでそばをくわえたまま硬直するが、やがてちゅるちゅると啜りだした。
食べさせられた分を飲み込むと、途惑う表情でケイトを見つめた。
「いくらゲームのキャラとはいえ、あまりにもお前が哀れに思えたからな。自分で食べられないって言うなら、おれが食べさせてやってもいいんだぞ」
「い、いえ、自分で食べます!」
よっぽど嫌なのか、結衣は慌てて箸を手に取り食事を始めた。ケイトに手を出させる暇を与えないかのように、手を休める事なく食べ続ける。
やがて食べ終わると、結衣はようやくそこで息をついた。
「……ずいぶんと勢いよくがっついたな。よっぽど空腹だったんだな」
「い、いえ、私は、そんなつもりじゃ……」
自分の行為を振り返り、結衣は赤くなって俯いた。もう何度も繰り返されている光景である。
「……あっという間だったわね。結衣があんなに早食い出来るなんて知らなかった」
結衣の様子に見入っていた椿は、感心したように呟いた。
「じゃ、じゃあ私は失礼します。あ、あの、ご迷惑かけてすみませんでした!」
結衣はケイトに一礼し、逃げるように駆けていった。
「え、ちょっと結衣!? 待ってよっ!」
止める間もなく去っていった結衣の背中を、椿はア然として見つめていた。自分のうどんはまだ残っている。
椿は嘆息すると、席を立った。
「アタシ、もう行くね。なんかあのコが心配だから。このうどん、キミにあげるね。じゃあ」
言う事を言い、椿も素早く去っていった。
取り残されたケイトは、このイベントの流れを振り返った。
「とりあえず、好感度を下げる事には成功したんだよな……? 本当なら、相席した時点で優しく接したり、お腹が鳴ったとしても、主人公がフォローして好感度を上げるイベントだったろうからな」
その逆のパターンを行ったなら、結果も当然逆になるはずだ。
「……それにしても、おれも相変わらずだよな。最後まで非情になりきれず、たかがゲームのキャラに同情しちゃうんだからな。自分の甘さが嫌になるぜ」
通常時のゲームの世界観は、現実と全く変わらない。
登場するキャラも現実にいてもおかしくないぐらいリアリティがあり、それゆえにケイトは土壇場で相手を普通の人間と同じように見てしまうのだ。
「……やりにくいよな。ま、ある程度は好感度を保たないといけないみたいだし、適度に下げられて結果的には良かったか」
ケイトは前向きに考える事にした
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