第12話幼なじみとお弁当

教室に入ると、一気に時間が飛んだ。授業の風景を見る事もなく、昼休みを迎えた。


「ケイ君、お弁当食べよう?」

隣の席の沙羅は机をくっつけ、弁当を広げだした。一年生の時からケイト達はこうしてお昼ご飯を食べていたのだ。


(さて、どうするかな)

ケイトの鞄の中にはミクが作った弁当が入っていた。直接手渡された覚えはないが、そういうことになっているのだ。

もはやケイトはねつ造される記憶にも、理不尽な展開にも自然になじめるようになっていた。


(ここで取れる選択肢は、沙羅と一緒に弁当を食べるか、一人で弁当を食べるか、学食で他の物を食べるかだな。それともいっその事、何も食べないで過ごすか?)

そう考えた時、突如ケイトを急激な空腹感が襲った。何かを食べずにはいられないほどだった。なにがなんでも食事をさせるつもりなのだろう。


(……やってくれるぜこのゲームは。どうせ食事をしなければならないなら、学食の方が無難かな)

好感度が高いミクと沙羅の接点を断ち切るため、ケイトはそう答えを出した。


「どこに行くの?」

席を立ったケイトに、沙羅は不思議そうに尋ねてきた。

「今日は学食でご飯を食べるんだよ。いい加減、ミクの弁当には飽きてきたからな」

「どうしたの急に? ミクちゃんとケンカでもしたの?」

「そんなんじゃない。おれだってたまには違う物も食べてみたくなるさ」

「そうなんだ」

少し考える素振りを見せた後、沙羅は切り出した。


「だったら、今度から私がお弁当作ってきてあげようか?」

「なんでそうなるんだ!」

突拍子のない提案に、思わずケイトはツッコミを入れた。


「だって、毎日学食使うようになったら大変でしょ? 私だったら、二人分作るのもたいして変わらないから大丈夫だし」

「余計な心配はするな。だいたい、お前のまずい弁当なんか食えるか」

どさくさに紛れてケイトは悪態をついた。沙羅の弁当の味など知らないが、好感度を下げるチャンスは逃さないようにする。


「ひどいよケイ君。ケイ君、私のお弁当食べた事ないのに。まずいって言うなら食べてからにしてよ」

沙羅は自分の弁当箱から卵焼きを箸で掴み、差し出してきた。

ケイトは卵焼きを前に、嫌な予感がした。


(パターン的に行くと、この卵焼きもありえないぐらいおいしいんだろうな。うかつに口にすれば、おいしいって言ってしまう。でも、意識してれば大丈夫か……?)

少しの間逡巡した後、ケイトは料理をけなすために食べる事にした。


「特別に一口だけ食べてやるよ」

間違ってもおいしいという表情さえも出さないようにと改めて意識しながら、ケイトは卵焼きを口にした。


「ぶっ!」

とたん、ケイトは卵焼きを吐き出した。

演技ではなく、本当に味がおかしかったのだ。


「なんだこりゃ!」

妙な物を食べさせられ、ケイトは本気で非難する。

沙羅はケイトの様子を見て、途惑っていた。


「どうしたの、ケイ君? そんなに口に合わなかったかな?」

「合うわけないだろ! お前はなんて物を人に食わせるんだ! どう考えても砂糖入れすぎだろ!」

それはもはや卵焼きとは思えないほどの甘さだった。ほぼ砂糖菓子と言っても過言ではないぐらいだった。

いくら味をけなしたかったからとは言え、絶妙な甘さのバランスの取れた卵焼きを想像していたケイトとしては、期待を裏切られて腹立たしい事この上なかった。


「え〜、そんなにおかしいかな? おいしいのに」

不満げに言いながら、沙羅は残りの卵焼きを食べて見せた。

「う〜ん、おいしい」

幸せそうな笑顔を浮かべる沙羅に、ケイトはジト目で睨みつけた。


「お前、味覚障害起こしてるんじゃないか? そんなものばかり食べてると、病気になるぞ。だいたい、味覚の異常を自覚してない奴が人に料理を勧めるな。こっちまでおかしくなる。気持ち悪いから、もう二度とおれの前で弁当食うなよ」

「そんな、ひどいよケイ君。ケイ君の好みに合わなかった物を食べさせたのは悪かったけど、それはたまたまそうだっただけだし」

「たまたまじゃねえだろ! こんな料理を喜んで食うのはお前ぐらいだ! 常人とお前の舌を一緒にするな!」

「だから、甘くしてあるのは卵焼きだけだって。この唐揚げなら、普通の味だから」

沙羅は自信ありげに唐揚げをケイトに差し出した。

口のそばに近づけられた唐揚げからは、食欲をそそるような香りがしていた。見た目も揚げたてのようにからっとしており、色合いも悪くなかった。

もしかしたら、さっきの卵焼きはダミーで今度こそ本当においしいのかもしれない。


「……これには砂糖は入れてないんだろうな?」

念を押すようにケイトは尋ねる。

「使ってないよ。おいしいから、食べてみてよ」

ケイトは躊躇した。


さっきの卵焼きがあるから口直しをしたいところではあったが、それによって味が引き立てられてこの唐揚げがよりおいしく感じたら、思わず表情に出てしまうかもしれない。

それを狙ってわざと卵焼きの味をおかしくしたという事は、十分考えられる事だった。


(甘い物を食べるとしょっぱい物が欲しくなるものだからな。油断して食べたらゲームの策略にはまるってところか)

味に興味を惹かれたケイトは、表情にすらおいしいというのを出さないように改めて意識を固め、唐揚げを食べることにした。


「これで最後だからな」

唐揚げを受け取り、一気に口にした。

「ぶはっ!」

ケイトは再び食べたものを吐きだした。

今回も演技ではなかった。

食べた唐揚げは甘くはなかったものの、今度はしょう油をそのまま飲んでるかのようにしょっぱかったのだ。


「お前は加減というものを知らないのかっ!」

二度も期待を裏切られ、ケイトの怒りも頂点に達しようとしていた。

「卵焼きは甘すぎる! 唐揚げはしょっぱすぎる! 極端すぎるんだよ!」

「そんなことないよ〜。これでも塩分控え目なんだから」

「どこが控え目なんだよ!」

どうやら沙羅は本気で味覚障害を起こしているみたいだった。


「まったく、お前を信じたせいでひどい目にあったぜ。もう二度とお前は信じないからな」

「あっ、待ってよケイ君」

ケイトはこれ以上沙羅とは関わらないとばかりに、さっさと教室を離れた。

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