第11話ラブレターの少女
封を切り、中身を読んでみると、そこには可愛らしい文字で、こう書かれていた。
『親愛なる神山センパイへ。
一目見た時から、私の心はあなたの物になっていました。私が考える事は、いつもあなたの事ばかり。あなたなしの人生なんて、考えられません。私は、あなたのためなら何でもしてあげます。もしよろしければ、私とつき合って下さい。放課後、屋上で待っています。たとえあなたが来なくても、いつまでも待ち続けます』
手紙には差出人の名前が書いていなかった。ケイトは手紙を読み終え、嘆息した。
「主人公に一目惚れした後輩の女の子を演出している訳か。しかも何でもしてあげますって、男の欲望を刺激する内容だな。さぞかし従順でけなげな女の子なんだろうな。とことんやってくれるぜ、このゲームは」
ケイトはラブレターを丸めると、後ろにポイ捨てした。
「ま、それなりに面白い文章ではあったかな。おれの気を惹くにはイマイチだったけど。さて、用も済んだところで教室に行くとするか」
ラブレターの相手には全く関心を示さず、ケイトは教室へと歩き出した。すると、
「神山センパーイっ!」
勢いよく走ってきた誰かが、ケイトの背中に飛びついてきた。腕をケイトの首に回し、足で胴を締め付け、完全におぶさった状態になった。こんな事をされたのは、ミクに続き二回目だった。
「悪く思うなよ」
ケイトは動じることなく、まるでマットの上に背中から飛び込むかのように、後ろに勢いよく倒れ込んだ。
当然ながら後方にはマットなんてなく、背中に貼り付いた何者かは固い廊下とケイトの背中に挟まれた形になった。
正確には、ケイトに押し潰されたというのが適切な表現だろう。
「対ミク用に考えておいた技がここで使う事になるとはな。ワンパターンな事してくるゲームだぜ」
相手が動かなくなったのを背中で感じると、ケイトは横にずれ、潰された少女の顔を見ようとした。
瞬間、ケイトは首に手を回され、ものすごい力でぐいっと身体を少女に引き寄せられた。
「もう、神山センパイったらいきなりスミスミの事押し倒すなんて、積極的なんだからぁ。でも、神山センパイがそうしたいなら、スミスミなんでもしちゃう! きゃっ、恥ずかしい!」
やたらと可愛いこぶった口調で少女はケイトの頭を自分の胸に抱き込み、はしゃいでいた。
「むーむー」
一方のケイトは呼吸を塞がれ、もがいていた。
顔にかかる柔らかい感触に普通なら興奮してもいいところだが、ケイトにとってはただ息苦しいだけで嬉しくも何ともなかった。
「だーっ!」
なんとか力任せに少女の拘束を振り払ったケイトは、再び捕まらないようにと大きく距離を取った。
「な、なんなんだお前は!? おれの命を狙う刺客か?」
女の子の胸の中で窒息死。それでゲームオーバーになったらたまったものじゃなかった。
少女は何事もなかったかのように立ち上がると、無邪気な笑みを浮かべてそばまで近づいてきた。
(おれの技にはノーダメージかよ……)
背中を強打したとは思えない反応に、ケイトはア然としていた。
「神山センパイ。もうスミスミの事忘れちゃったんですか? 昨日も会ったじゃないですか」
「は?」
ケイトは目の前の少女を改めて凝視した。
身長は低め。茶色の髪を右側で縛った髪型。可愛らしい髪飾りをして、ミクなりに幼く見えた。
身だしなみはしっかりとしていて、ほのかに柑橘系の香りがしていた。
(っていうか、さっき暴れた後なのになんで服装が乱れてないんだよ……)
やはりこのゲームは理不尽だった。
ケイトは記憶を探るが、目の前の少女の事は全く覚えがなかった。そもそもケイトと出会う少女は、何かしらの分かりやすい特徴がある。
しかも新キャラを警戒しているため、もしこんなぶりっこタイプの妙な少女と出会っていれば、忘れるわけがなかった。
「ぶ〜、時間切れ。神山センパイったら、忘れんぼさん。一年生の、前原香澄ですよ」
「前原香澄……?」
その名前には聞き覚えがあった。
とたん、ケイトの記憶の糸が結びついた。
「なっ、まさかお前、昨日のあの不良娘か!?」
「不良だなんてやだなぁ。そんなの、昔の事じゃないですか」
「昨日の事だ!」
ケイトは愕然とした。たしかに、よくよく見てみれば目の前の少女にはその時の面影がわずかにあった。
しかし雰囲気はまるで別人だった。あの時のぼさぼさ髪や、すさんだ目はどこにもない。全体的に柔らかい表情をしており、とても激しいバトルをした時の少女だとは思えなかった。
「人はこんなにも変わるもんなんだな……」
ケイトは変なところに感心していた。
その呟きを聞いた香澄は、嬉しそうにはにかんだ。
「えへへ、スミスミ見違えちゃったでしょ? 神山センパイに気に入ってもらえるように、一生懸命オシャレしちゃったんだから」
「オシャレしたのはいいが、性格まで変わってるような気がするんだが……?」
「女の子は恋をすると、変身出来るんだよ。スミスミは神山センパイのために、心を入れ替えたんだから」
「不良から足を洗ったのはいい心がけだが、心の入れ替え方を間違ってないか? はっきり言ってうっとおしいぞ」
ケイトは遠慮なしに冷たく言い放った。ぶりっこはケイトの守備範囲外だった。
「そんなことより神山センパイ、今日の放課後スミスミとデートしようよ」
「人のコメントをあっさり切り捨てるな。それになんでいきなりデートの話になるんだ?」
すると香澄は頬を赤らめ、照れたように言った。
「だって、スミスミは神山センパイの事大好きなんだもん! えへっ」
ケイトは寒気がするのを感じた。
「……悪いが、おれはお前なんかに興味はない。だいたい、さっきからそのスミスミってなんなんだ。妙な一人称を使ったりして、恥ずかしくないのか? 何歳なんだよ」
「十五歳だよ」
「普通に答えるな! それだけの歳してるなら、少しはプライドを持ったらどうなんだ? そもそも、お前は不良だったんだろうが」
「プライドって何? スミスミ、分かんない」
「なめてるのかお前は!」
わざとらしい誤魔化し方に、思わずケイトは叫んでいた。
「舐めるだなんてそんな……でも、神山センパイが舐めろっていうなら、スミスミ舐めてあげちゃう」
「おいこら、妙な勘違いするな! 高校生だろうがお前は!」
発言はかなり際どかった。
「でも神山センパイ、さっきスミスミの事押し倒したし」
「押し倒したんじゃなく、押し潰したんだ!」
ノーダメージだった事は計算外だった。
「それに神山センパイ、昨日いつでも相手してやるって言ってたもん」
「意味が違うわっ!」
「初デート、どこがいいかな」
「勝手に話を進めるな!」
香澄はとことんマイペースだった。
ケイトは状況を打開するため、一度大きく嘆息して落ち着きを取り戻した。
香澄のペースに巻き込まれないよう意識しながら、冷たく言い放った。
「悪いが、おれはお前のようなぶりっこは大嫌いだ。おれにまともに相手してほしかったら、まずその性格をなんとかするんだな」
「じゃあ、どうすればいいの?」
香澄は可愛らしく小首を傾げて尋ねた。
「そういうのをやめろって言ってるんだ! 妙な仕草はしないで普通に喋れ! 不良だった時の方がよっぽどマシだったぞ」
「んみゅう〜、スミスミよく分からない。もうそんな堅苦しい話はやめて、デートの話をしようよ。スミスミ、とっても楽しみにしてるんだぁ」
「強引に自分のペースに戻すな! どこまで自己中なんだお前は!」
ケイトは疲れを感じるばかりだった。
「ケイ君?」
その時、背後から別の声がかかった。
振り向けばそこにいたのは沙羅だった。手には鞄を持っており、今学校にたどり着いたという設定なのだろう。
(そう言えば沙羅を振り切るために最初は走ってたんだよな)
結果的にそれが今のイベントを起こしていた。どう考えても作戦ミスである。
「……遅かったな、沙羅。おれなんかとっくに着いてたぞ。相変わらずトロいんだな」
とりあえず沙羅に嫌みを漏らした。沙羅の好感度が上がらないように意識を向ける。
「……ごめんなさい、ケイ君。私、ケイ君みたいに走れなくて……」
ケイトに置いて行かれた原因を、自分の足の遅さのせいだと思っているのだろう。ケイトの態度の悪さを非難する事もなく、健気なことである。
「あ、あの、それでケイ君。そのコは?」
沙羅はどこか不安げに香澄を見据えた。
本当なら真っ先に聞きたかった事なのだろう。沙羅の様子からそれが伺えた。
聞かれてケイトは疲れたように答えた。
「ああ、こいつか。こいつは……」
だがそのケイトの言葉を遮り、香澄は勝手に自己紹介をしてきた。
「初めまして! 神山センパイの彼女の、前原香澄で〜す。センパイともども、ヨロピクね!」
「違うだろっ!」
すかさずケイトはツッコミを入れた。
香澄は気にした風もなく、ケイトにすり寄ってくる。
「もう、神山センパイったら照れちゃって。可愛いんだからっ!」
言いながら香澄はケイトの頬を指でツンツンする。
ケイトはムッとしたように香澄を突き飛ばした。
「やめんかこのガキが! 馴れ馴れしく人に触るな!」
「ケイ君……そのコが彼女って……?」
沙羅は愕然としたように呟く。本気で信じている様子だ。
「お前は今のやり取りを見てなかったのか!? こんなうっとおしい目障りなガキが、彼女のわけないだろ!」
「人前だからって照れる事ないのに」
「そこで余計な口挟むな!」
香澄は至ってマイペースだった。ケイトの彼女である事を疑っていないかのように、笑顔を崩さないでいる。
とその時、チャイムが鳴った。
「あ、いっけな〜い。教室に戻らないと。じゃあ神山センパイ。スミスミ、もう行くね」
「ようやくかよ……。さっさと消えてくれ。そして二度とおれの前に現れるな」
ケイトは心底そう思った。
「あとセンパイ、屋上にはもう来なくても大丈夫だからね」
「は?」
「スミスミ、やっぱり放課後まで待てなくて告白しちゃったから、学校終わったらすぐデートにしようね」
「ってお前が書いたんかい、あの手紙は!」
ケイトは丸めたラブレターの事を思い出した。
「じゃあ、また後でね!」
香澄は可愛らしく手を振って、廊下を走っていった。
騒がしい元凶がいなくなり、辺りは急に静かになった。
「……まったく、疲れさせる奴だったぜ。とりあえず、おれたちも教室に行くか」
ケイトが歩き出すと、沙羅がおずおずと尋ねてきた。
「ね、ねえ、ケイ君。あのコがケイ君の彼女だって事、嘘なんだよね?」
「当たり前だろ。くだらない質問するな」
答えてから、ふとケイトは思った。ここで彼女だと答えていれば、沙羅の好感度を下げられたのではないだろうか。
だがケイトはその考えをすぐに振り切った。香澄があまりにも強力すぎて、冗談でも彼女だとは言いたくなかった。
沙羅はほっとした表情を浮かべている。ケイトを他の女に取られたくないと思っている事が、見え見えだった。
(本当にストレートなゲームだな)
そのストレートさに翻弄されたと思うと、ケイトは嘆息するばかりだった。
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