第10話テニス少女再び
(ここでイベントが発生か。これで便せんの中身が果たし状なら面白いんだけど、いくらなんでもこのシチュエーションでギャグはないよな)
男が喜ぶシーンにこだわっているこのゲームなら、下駄箱にラブレターも外せないイベントだろう。制作者の意図が手に取るように分かった。
(でもどうするかな。ここで取れる選択肢は、手紙を読むか、とりあえず読んで内容を無視するか、読まずに捨てるかだよな。どうせ中身に応じるつもりがないなら、最初から読まない方が効果は大きいのか?)
ケイトは手紙を手にし、迷っていた。
今までのパターンから行けば、たとえ手紙の内容に応じなくても差出人と接触する事は決定事項だろう。そうなった際に、読んだのに無視したのと、最初から読まなかったのでは相手に与える好感度に影響があるかもしれない。
相手が誰にしろ、好感度が下がるなら下がるうちに思いっきり下げておきたかった。
(でも手紙の中身も気になるな。おそらく内容も、さぞかし男心をくすぐるものなんだろうな。ま、好感度は相手が現れてから下がるように努力すればいいか)
文面に興味を惹かれたケイトは、手紙を読む事にした。
「おはよう、ケイト君」
封を切ろうとした時、横から誰かが声をかけてきた。顔を向ければ、そこにいたのはテニス部の夏樹だった。
「……おはよう」
とりあえずケイトは挨拶を返した。
「わあ、それってラブレター? ケイト君モテるんだ。ヒューヒュー」
手紙に気付いた夏樹は早速冷やかしてきた。
こういう場合は照れてムキになって反論したり謙遜するパターンが多いんだろうが、ケイトの反応は冷めていた。
「たった一通の手紙もらったぐらいでモテるだなんて、相変わらず発想が飛躍してるな。それに、こっちとしても知らない奴から手紙をもらっても嬉しくないよ」
「またまたぁ。本当は嬉しいくせに、照れちゃって可愛いんだから」
笑いながら夏樹はバシッとケイトの背中を叩いてくる。ケイトは少しムカッとした。
「……これで照れているように見えるならあんたの洞察眼は考え物だな。ま、それだけ脳天気なら正常な判断力なんてあるわけないよな」
ケイトはお返しとばかりに思い切り嫌みを込めて言い放った。
しかし夏樹には全く効果がなく、ぴくりとも表情を崩さなかった。
「前向きだって言ってほしいな。物事はなんでもいい方に考えないと」
「前向きなのは自分の感情だけにしろ。人の気持ちまで一緒だと思うな」
「まあまあ、細かい事は気にしないで。それより、その手紙は誰からなの?」
夏樹の視線はラブレターに集中していた。興味津々と言ったところだろう。
ケイトはあきれた眼差しを向けた。
「……人のプライバシーに踏み込むつもりなのか?」
「違うよ。もしボクの友達だったら、応援してあげようと思ってね。ボク、友達思いなんだ」
「自分で言うか、そういう事? ちなみに、友達思いとおせっかいは全く違うぞ」
「失礼だよ。ボクはおせっかいなんてしないもん」
「自覚症状がない奴は始末におけないな」
「う〜、ひどいよケイト君。ボクの事なんだと思ってるの?」
「脳天気でうっとおしい女」
「え?」
夏樹は驚いたように目を見開いた。そのまま固まってしまう。
ケイトの発言が相当ショックだったのだろうか。傷つけるつもりで言ったとはいえ、予想以上の効果だった。
「おいおい。本当の事言われて何ショック受けてんだよ。お前、今まで本気で自分がノーマルだと思っていたのか? おめでたい奴だな」
ケイトの追い打ちに、夏樹はうつむいてしまう。好感度はだいぶ下がっている事だろう。
「……ケ、ケイト君。今、なんて言ったの?」
遠慮がちに夏樹は口を開いてくる。
ケイトはきっぱりと言い放った。
「脳天気で天然ボケで、図々しくて口やかましいうっとおしい女だって言ったんだよ。聞こえないなら何度でも言ってやるぞ」
悪口を付け加え、ケイトは夏樹を挑発する。
夏樹はしばらくうつむき、ぽつりと呟いた。
「……それだけ?」
「は?」
おかしな呟きに、ケイトは思わず間の抜けた声を上げてしまう。
「ボクへの悪口は、それだけなの? 他にもっと言う事はないの?」
「何言ってんだ? まさかお前、罵倒される事が快感だとか言うんじゃないだろうな?」
ケイトはぞっとしたように後ずさった。気持ち悪い物を見るような目で夏樹を睨みつける。
すると夏樹は慌てたように言い返した。
「ちょ、ちょっとボクを変態扱いしないでよ。ボクはMじゃないんだからね」
「変態」
「う……」
今のひと言が一番効いたのか、夏樹はグサッときたかのように胸を押さえた。
「どうした? 早速快感に浸っているのか、マゾ女?」
「そんなわけないでしょ! ひどいよケイト君。ボクにそんな性癖はないんだからね」
「どうだかな。さっきも悪口言ってほしそうにしてたし」
「そ、それは違うよ。ただ、あれはびっくりしただけで……」
「びっくりすると悪口を言われたくなるのか? どんな体質だよ。やっぱり変態じゃないか」
「だ、だからそうじゃなくて、うう……ケイト君の馬鹿っ!」
夏樹は顔を真っ赤にしてケイトを叩こうとしてくる。しかし途中で足をもつれさせた。
「きゃっ!」
夏樹はケイトの胸に倒れ込む形となった。一緒に倒れる事はなく、ケイトは軽々と受け止める。
「うわああっ!」
結果的にケイトに抱きついた夏樹は、さらに顔を赤くして跳び退いた。よほど動揺してるのか、肩でぜえぜえ息をしている。
「殴ると見せかけて体当たりとはな。変態だけに、攻撃の仕方も変わってるな」
一方のケイトは至って平然と毒づいた。
「そ、そんなわけないでしょ! 今のはただ転んだだけなんだから!」
「平らなところで転ぶなんて、テニス部が聞いて呆れるな」
「うう、ケイト君意地悪だよ。もう知らない!」
夏樹は顔を真っ赤にしたまま走り去っていった。
ケイトはその背中を満足げに見送った。
「これで一人おれから離れて行ったな。いい感じだぜ」
邪魔者がいなくなったところで、ケイトは改めてラブレターに視線を落とした。
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