第9話妹との朝食イベント

「お兄ちゃん、起きて。朝だよ」

身体を揺さぶられ、ケイトは目を覚ました。

と言っても、ちょっとの時間目をつぶっていただけである。睡眠時間はカットされていた。


「……ああ、おはよう」

不機嫌な声で答えて、ケイトは身を起こした。

ケイトにとってはついさっき暴言を吐かれたばかりである。ミクは一晩たって気持ちが落ち着いた事になっているのだろうが、ケイトにはそれだけの時間はなかった。


(だいたい、誰がパンツ覗き魔だ)

いわれのない悪口に、どうしてもミクを許す気にはなれなかった。

「もうすぐご飯の用意が出来るからね」

ミクはケイトの気など知らず、笑顔を浮かべて部屋を出て行った。昨日のやりとりなどまるでなかったかのような振る舞いである。


(まあ、いい。このままミクに腹を立てていれば、自然に冷たく接する事が出来る。かえって好都合だ)

前向きに気持ちを切り替えると、ケイトは着替えて一階へと下りた。


この日の朝食はフレンチトースト、ハムエッグ、サラダ、コーンスープといった洋風仕立てだった。これで二度目となる朝食イベントである。

(夕食はカットしたのに朝食はあるなんて、何かイベントが起こるって事なのか?)

時間が飛ばなかった事に、ケイトは警戒心を抱いていた。


「いただきまーす」

席に着いたミクは、普段と変わらぬ様子で食事を始めた。ケイトはしばらくミクの様子を伺うが、何かが起こる気配はなかった。

やがてケイトはフレンチトーストに手を伸ばした。それを口にした途端、ケイトに衝撃が走った。


(なんなんだこれは。たかがパンが、こんなにもおいしくなるものなのか?)

今まで感じた事のない味に、ケイトは驚きと共に感動した。過去に食べたどのフレンチトーストよりも、はるかに美味しいものだった。

ハムエッグにしてもサラダにしても、どうすればこんなに美味しくなるんだと思うぐらいの絶品だった。


(まさかゲームの中でこんなにすごい料理が食べられるとはな。これもプレイヤーに対するサービスなのか?)

ケイトの表情は緩んでいた。それまで抱いていたミクへの警戒心や怒りも、すっかり忘れ去っていた。

料理の味に魅了されたケイトには、食事をする事で頭がいっぱいだった。


「ねえ、お兄ちゃん。今日のご飯はどうかな?」

「最高だよ。こんなに美味しいなら、毎日でも食べたいよ」

ふいに出されたミクの問いかけに、ケイトは素直に答えていた。

しかしその直後、ケイトははっと我に返った。


「ち、違う……!」

だが否定しようとした時にはすでに遅かった。

「本当? 嬉しいな。あたし、お兄ちゃんのために心を込めて作ったんだよ」

ミクは満面の笑みを浮かべていた。間違いなく好感度が上がっただろう。

ケイトとしては、致命的なミスだった。


「いや、違うんだ! これは美味しいとかじゃなくて……」

なんとか誤魔化そうと言葉を紡ぐが、ミクはケイトの様子にはおかまいなしに話しかけてきた。

「お兄ちゃん、昨日はごめんね。わがまま言って、困らせたりして。それに、ひどい事言ったりして。部屋に戻ってから、ずっと後悔してたの。この料理は、そのお詫び。いつも以上に頑張ったんだから。お兄ちゃんに喜んでもらえて、本当によかったよ」

罪悪感と安堵が入り交じったミクの表情を見て、ケイトは何も言う事が出来なくなった。

昨日の事を引きずって自分のためにこんな風にしてくれたミクの気持ちを、踏みにじるほど非情にはなれなかった。


「……もう二度とするなよ」

ケイトにはそう言うのが精一杯だった。

「あ、あと、それとね……」

急にミクはもじもじとしだした。その様子に、ケイトは怪訝な面持ちを浮かべる。


「何だ? まだ何か言いたいことがあるのか?」

ケイトが聞き返すと、ミクは頬を赤らめて切り出した。

「あたしのパンツだったら、好きなだけ見てもいいからね」

「いい加減そこから離れろ!」

もはやあのシーンは悪意のあるシーンと化していた。


食事が終わると、ケイトはさっさと家を飛び出した。

ミクから一緒に学校に行こうと言われたが、断った。ミクと一緒にいる事で、好感度を上げてしまうことを警戒したのだ。


(なんなんだよまったく。非情に徹するって決めてたのに、あの料理のせいでペースを崩された。まさかそれを狙ってあんなにおいしい料理が出てきたんじゃないだろうな)

自然においしいと言わせるため。そしてケンカを仲直りさせるため。そのためにああいう料理が出てきた事は十分考えられる事だった。


(普通にプレーしてれば好感度は上がるって言ってたからな。本当に油断出来ないぞ)

ケイトは改めて気を引き締めた。

「おはよう、ケイ君」

玄関先では、沙羅が待っていた。ケイトは沙羅を無視し、学校に向けて走り出した。


「あ、待ってよケイ君!」

沙羅も慌てて走り出すが、ケイトとの差は広がるばかりだった。

(どうやら強引に登校させられるイベントは発生しないようだな。となれば運動オンチのあいつじゃ、絶対におれに追いつけないだろう)

すると場面が切り替わり、校門前に来た。後ろを振り返っても、沙羅の姿はない。

ここでケイトは安堵のため息をついた。


(いや、待てよ。もし朝の登校イベントに選択肢があったなら、おれの取った行動は一人で登校するだ。それでイベントが終了してるなら、一気に教室まで飛んでもおかしくないはず。それなのに校門止まりって事は、この後何か起きるって事なのか?)

警戒して周囲を見渡すが、同じ制服を着た生徒が次々と登校してくるだけで、ケイトに寄ってくる生徒はいなかった。

いっその事ここから改めて教室まで走って行こうかと思ったが、すぐに考え直した。

ここで止まったということは、何をしようと誰かと接触する事は免れないと判断したのだ。


「報われない努力って、嫌になるよな」

 ケイトはしみじみと呟いた。

(それにしても、次に出てくるのは誰だ? メイド少女の綾瀬理香に、不良少女の前原香澄。テニス部の島崎夏樹に挙動不審のクラスメイト芹沢結衣。今学園内で出会っているのはその四人のはずだ。それとも、まだ新キャラが出てくるのか?)

沙羅にミクを入れれば、現在の登場キャラは六人という事になる。これ以上増えるのは勘弁してもらいたかった。


敷地内をしばらく歩いたが、誰かに接触する事なく玄関にたどり着いた。歩いてる途中でイベントが発生すると思っていたケイトとしては、拍子抜けだった。


(時間が飛んですぐイベントが発生するとは限らないんだな。ま、普通に校内を散歩して中の雰囲気になじむのも、リアリティを出すための演出になるのかな)

要所要所にすぐ飛ばされて終わっては、いくら現実世界にいるように感じさせても機械的にゲームが進行してしまう。時には何もない時間も必要なのだろう。


下駄箱から自分の靴を出そうとすると、中に一通の手紙が入っている事に気付いた。ピンク色の可愛らしい便せんで、見たところラブレターのようだった。

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