第8話妹とのパジャマイベント

「ただいま」

家に帰ると、奥からぱたぱたと足音がしてきた。走ってきたミクが、すぐに姿を現す。


「お兄ちゃん、お帰りなさい!」

勢いをそのままに、ミクはケイトに向かって高々とダイブしてきた。油断していたケイトは、まともにミクの体当たりを食らってしまった。


「どわっ!?」

ケイトは玄関先でミクに押し倒された格好になった。地面に打ち付けた腰や背中が微妙に痛かった。


「もう、お兄ちゃん。ちゃんと受け止めてくれなきゃ駄目じゃない」

ミクはケイトの胸に馬乗りになり、頬をふくらませる。ケイトの目線から、短めのスカートの中が見えそうだった。


「……人が帰ってきた早々タックル食らわせといて、最初のセリフがそれかよ」

「タックルなんてひどいな。お帰りなさいの挨拶じゃない」

「次からは言葉だけにしてくれ」

そう言ってケイトは起きあがろうとするが、ミクは上に乗ったまま離れなかった。


「……いつまでそこにいるつもりだ?」

するとミクはいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「なんかこうしてると、押し倒されたみたいで興奮しない?」

「するか!」

ケイトは力任せにミクを跳ねとばした。体重の軽いミクはあっさりと後ろに転がっていく。

止まった時には、都合良くスカートの中が完全に見えていた。


(サービスシーンパートⅡか)

わざとらしい展開にケイトはあきれたようにため息をついた。

「いった〜い。ひどいよ、お兄ちゃん」

ミクは座ったまま涙目になり非難する。気付いていないのか、スカートを押さえようともしなかった。


「自業自得だ。それにおれは押し倒されたみたいじゃなくて、本当に押し倒されたんだよ。だいたいお前は中学生っていう設定だろ。どこでそんな言葉覚えてくるんだ」

「やだなぁお兄ちゃん。今時の中学生ならそれぐらい普通だよ。それに、あたしはもう大人だもん」

「その身体でよく言えたものだな。だいたい、そんな子供っぽいパンツ履いてるうちはまだまだ子供だよ」

ミクを怒らせる目的で、ケイトはようやくその事を指摘した。これでミクの好感度も下がるはずである。

しかし、


「ふふ、そんな事言ってこういうの好きなくせに。お兄ちゃん、さっきからずっと見てたでしょ? お兄ちゃんのエッチ」

「なっ!?」

思わぬ反撃を受け、ケイトは狼狽した。


「あたし、お兄ちゃんのためにわざと見せてあげてたんだもん。どう、大人の攻撃にお兄ちゃんもドキドキでしょ?」

「ば、馬鹿を言うな。誰がそんな物を見て喜ぶか」

「そうかなぁ」

ミクはケイトに抱きつくと、胸に耳を当てた。


「お兄ちゃん、心臓すごくドキドキ言ってるよ。やっぱり興奮したんだね」

興奮していたわけではないが、ケイトは別の理由で心拍数が上がっていた。エッチ呼ばわりされた事が効いているのだ。


「い、いい加減にしろ。この馬鹿が」

これ以上関わるとどんどん墓穴を掘りそうなので、ケイトは足早に自分の部屋へと戻った。

ベッドに横になると、ケイトは落ち着くために大きく深呼吸をした。


(なんなんだよ。スカートの中見られるのは女の子にとってショックな事じゃなかったのか? あいつには恥じらいってものがねえじゃねえか。だいたい、あんな態度取られたらそのテのマニアなら理性が飛ぶぞ。健全なゲームでそんな事になったらどうなるか……)

そこまで考えて、ケイトはふと嫌な予感がよぎった。ゲームを止め、回線を開く。


「どうしました、圭人君?」

いつもと変わらぬ若林の声が聞こえてくる。

ケイトは神妙な面持ちで尋ねた。


「なあ、ちょっと確認しておきたいんだけど、このゲームって一般向けだよな?」

「はい。基本は大人向けに作ってありますけど、中学生ぐらいでも楽しめるように出来ています」

「それにしては、ずいぶんと際どいシーンがあるんじゃないか? さっきのシーンなんか、下手したらミクに襲いかかる奴がいてもおかしくはないぞ」

「ミクだけは特別なんです。甘えん坊でありながら、大人の意識も持っているという設定ですから。兄妹という障害を越えるためには、やはりそれぐらいしないと説得力がないと思いますし」

「いや、そこまでする必要はないと思うぞ……」

ケイトはあきれたように呻いた。

しかし実際のところ、こういうパターンはパソコン版の恋愛シミュレーションゲームではお約束だった。


一般向けのゲームでも中には際どいシーンを演出するものもあるが、たいていは偶然のハプニング的に発生するサービスシーン止まりである。

それ以上のシーンがあるゲームをプレーした事のないケイトには、知るよしもなかった。


「ミクはこれからも、大人びた誘惑を仕掛ける事で主人公を自分のものにしようとします。もしその誘惑に負けてミクに手を出したら、恋愛度だけ進展させて一気にゲームオーバーです。なのでくれぐれも気をつけてくださいね」

「やらねえよ!」

ケイトは強く言い放った。


「あとついでに言っておきますけど、他の女の子にもエッチなことをしたらゲームオーバーです。説明書にも明記するつもりだったのですが、このゲームはそういうゲームではないですからね」

「……だったら相手を誘惑するような展開はなくしてもらいたいものだな」

ケイトは頭が痛い思いだった。


「とりあえず話は以上だ。また何かあったら質問させてもらうからな」

ケイトは回線を切ると、ゲームを再開させた。

「お兄ちゃ〜ん、ご飯出来たよ〜!」

一階からミクの声が聞こえてくる。夕食の時間まで飛んだようだった。


(朝食の時は味を誉めてるからな。今度は気をつけないと)

ミクとの好感度を上げないための注意点を頭に思い浮かべ、ケイトはキッチンへと向かった。

しかしキッチンに入るなり、ケイトは自分の部屋へと戻された。今回は食事の時間はカットされたようである。時計を見れば、夜十一時を回っていた。


(ワンパターンなイベントはないって事なのか……?)

ケイトはいまいちこのゲームの方向性を分かりかねていた。

「お兄ちゃん、起きてる?」

ドアがノックされ、ミクが部屋に入ってきた。可愛らしい、ピンクのパジャマ姿だった。


(本日最後のイベントってとこかな)

見ればケイト自身もパジャマ姿に変わっていた。この状況からすれば、何が起こるのかを想像するのは容易な事だった。


「ねえお兄ちゃん。今日お兄ちゃんのベッドで寝ていい?」

ミクは甘えた声で言ってくる。こういうところはやはりまだまだ子供のキャラだった。

「別にいいぞ」

「本当! わあい、嬉しいな」

「おれは一階のソファで寝るから」

「ってなんでそうなるの!」

笑顔から一転、とたんにミクは不機嫌な顔になる。


「だって、お前がおれのベッドを使うんだろ?」

「そうじゃなくて、あたしはお兄ちゃんと一緒に寝たいって言ってるの。お兄ちゃんがいなかったら意味がないよ」

「このベッドで二人は無理があるだろ」

「大丈夫だよ。寝返りは打てそうだし」

「お前の場合、ただの寝返りじゃすまないだろ。寝ぞう悪いんだから」

「そ、そんな事ないよ! 失礼だよお兄ちゃん。だいたい、あたしの寝ぞう、見た事あるの?」

ケイトの捏造される記憶の中には、少なくとも寝ぞうの悪い妹の姿はなかった。むしろいい方だと言ってもいいだろう。


「いや、そういうオチがあったら面白いかなって思って」

「ないよそんなの」

実際のところ、理想を叶えるゲームでそんなオチがあったらたまったものじゃないだろう。せっかくの妹とのラブシーンが台無しである。


「ねえ、お兄ちゃんいいでしょ? 減るものじゃないし」

「スペースが減るけど」

「二人でくっついて寝れば暖かいし」

「別に寒くないぞ」

「あたしの事、抱き枕にしてもいいから」

「サンドバッグにならしてやるよ」

「うう〜、お兄ちゃん意地悪だよ」

「生まれつきだ」

ミクはどんどんと不機嫌になっていく。その様子にケイトも楽しくなっていた。


(からかって遊ぶのも面白いかもな)

ケイトはこのゲームの新しい遊び方を発見した。

「まあ、とにかく、駄目って事で部屋に帰れ。お前も大人だったら一人で寝ろ」

「あたし、まだ子供だもん」

「さっき大人だとか言ってなかったか?」

「い、今は子供でいいんだもん!」

「都合のいい奴め」

ミクはだんだんと涙目になってきた。からかって遊んでいただけのつもりだったが、図らずしも好感度を下げる効果も与えていそうだった。


「さあ、おれはもう寝るかな。邪魔だからもうお前は帰れ」

ケイトは犬を追い払うかのような仕草で手をしっしと振った。

ミクはケイトを睨みつけると、大声で叫んだ。


「お兄ちゃんの馬鹿っ! ケチ! パンツ覗き魔っ!」

「なっ!?」

言う事だけ言って、ミクは部屋を飛び出して行った。バタンと荒々しくドアが閉められる。

残されたケイトは、ア然としていた。


「な、なんでそこまで言われなきゃならないんだ……」

ゲームとはいえ、ちょっと傷ついたケイトだった。

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