第3話幼なじみと登校


ゲームの様子は現実世界のスクリーンでモニタリングする事が出来る。回線を開けば、中と外で会話出来るようになっているのだ。


「確認しておきたい事がある。この先登場するキャラから質問される事があれば、その質問は全て好感度に影響されるものなのか?」

「全てではありません。ですが、ほとんどのものは影響を与えてしまいます。さっきの朝食についての質問も、あの答えによってミクの好感度を少しだけ上げてしまいました。だいたいの場合は、ああいう時は相手を傷つけるような答えを返せば大丈夫です」

予想通りの答えを返され、ケイトは気が重くなった。


「……好感度が上がっちゃったけど、問題はないのか?」

「あの程度では全然平気です。全く上げてはいけないというわけではないので、多少の事は気にしないでください」

「そうなのか?」

「むしろ、ある程度の好感度は必要になります。ただ、上げる事に関してはおそらく無意識のうちにどんどん上がっていってしまうと思いますから、わざわざ好感度を上げようとは考えないでください。そうすれば、最後には上手くバランスが取れて必要最小限の好感度で収まると思います」

それは納得のいく手段だった。

このゲームの好感度アップの容易さは普通ではない。それならもともとの予定通り、常に相手の好感度を下げるつもりでいた方がちょうどいい結果になるだろう。


「……これは想像以上に厄介だな」

「そんなに気負わないでください。相手の誘惑にさえ乗らなければ、一気に好感度が上がる事はありません。それに万が一上がりすぎたとしても、後から頑張って下げればいいんです。隠しキャラが登場する前日の時点で、好感度が低くなってればいいのですから」

「その好感度の目安はどうすれば分かるんだ?」

「プレイヤー側からは分かりませんけど、こちらではそれが把握出来るようになっています。スクリーンに表示されていますから。もしこれ以上この相手との好感度を上げては危険だという時は、こちらから警告のブザーを鳴らします。それまでの間は、注意点に従いながら安心してゲームをプレーしてください」

若林の言葉を聞き、ケイトはほっと胸をなで下ろした。


「コラー、圭人! 変なところでゲームを止めるな! あんなに口を開けて、ミクちゃんの可愛い顔が台無しじゃねえかっ!」

唐突に、一樹のわめき声が聞こえる。一樹も興味本位でちゃっかりついてきていたのだ。

確かに一樹の言う事にもうなずけた。食事の途中で固まっている今のミクの顔はお世辞にも素敵なものとは言えず、むしろ滑稽だった。


(あの口の中にワサビを入れたらどんな反応するのかな?)

ふとケイトの中にそんなイタズラ心が芽生えた。

「圭人聞いてるのか!? さっさとゲームを再開しろ! 可愛い女の子は変な顔をしたらいけないんだ! それともまさかお前、あのミクちゃんの口の中にワサビとか入れたいなんて考えてないだろうな?」

「何で分かるんだよ!?」

心の声を読まれ、ケイトは愕然とした。まさかこのゲームは自分の心の声までがセリフとして外のスクリーンに映ってしまうのだろうか。


「何ぃっ!? お前、本当にそんな事考えてたのか! そんな事したら、戻ってきた時ただじゃおかないからな!」

どうやら考えは読まれていなかったらしい。


「ちきしょうーっ、お前ばっかりあんなに可愛い妹といちゃいちゃ出来るなんて! 羨ましすぎるじゃねえかこの野郎っ! この裏切り者! 変態! ロリコンっ!」

(なぜそこまで言われなきゃならないんだ……)

一樹に好き勝手言われ、ケイトはこめかみを指で押さえた。オタクの嫉妬というものはここまで人を変えるものなのか。

ケイトはつくづく一樹をこのゲームの中に入れなくて良かったと実感した。


「君、いい加減にしてください!」

さすがに若林の叱咤の声が聞こえてきた。回線用のマイクを奪い返したのだろう。一樹のわめき声が、さっきよりも小さなものになっていた。


「すみませんでした圭人くん。こちらは引き続きここで待機していますから、ゲームを再開させてください。あと、ゲームを止める時はなるべく他のキャラがいない時にしてください。VRスターが壊されかねません」

若林の悲痛な声から、そこでの苦労が伺えた。


「おれの友達が迷惑かけてすみません。いっその事そいつの事は追い出してもらっても構わないので」

一樹がなにやら叫び出すが、ケイトは無視した。


「じゃあそう言う事で、お前の分まで楽しんできてやるからな、一樹」

最後に皮肉を漏らし、ケイトはゲームを再開させた。

時間が動き出し、固まっていたミクは何事もなかったかのように食事を続ける。その様子に、ケイトは思わず笑ってしまった。


「どうしたの、お兄ちゃん?」

「なんでもないよ」

にやにやするケイトに、ミクは怪訝な顔を浮かべるばかりだった。

食事が終わると、ケイトは学校に行こうとする。すると後片づけをしていたミクが声をかけてきた。


「あ、お兄ちゃん待って。一緒に学校に行こう?」

ミクの通う中学校は、ケイトの高校への通学路の途中にあった。ケイトと一緒に家を出ればミクは学校に早く着きすぎてしまうのだが、ケイトと通いたい一心で去年はずっとそうしていたのだ。


「悪いけど、おれは先に行くよ。お前もわざわざ早く出なくても、もう少し家でゆっくりしてればいいだろ」

ケイトの答えには迷いはなかった。注意点をしっかりと認識した以上、優しい答えを返すわけにはいかない。

所詮相手はゲームの中の作り物だと割り切り、ケイトは非情に徹する事にした。


「……分かった。じゃああたし、後から行くね」

寂しそうな顔を浮かべ、ミクは家の奥へと下がっていく。ケイトの胸が、少しチクリと痛んだ。

(駄目だ駄目だ! いちいちこんな事を気にしてたら。おれは非情な人間になるんだ)

ケイトは頭を振り、わき上がった余計な感情を振り払った。

気を取り直して玄関を出たケイトは、門を越えたところで一人の少女と鉢合わせした。


「おはよう、ケイ君」

それは隣の家に住む幼なじみの雪城沙羅(ゆきしろさら)だった。同じ高校に通う二年生で、ミクと共に昔からよく三人で遊んでいた。

長くて艶やかな髪を持ち、綺麗な顔立ちで頭脳明晰、大人の風格もあるところから、学校ではちょっとした人気者になっていた。欠点は極度の運動オンチだという事だった。


「おはよう」

ケイトは沙羅の前を素通りし、すたすたと学校に向かう。すぐに沙羅が追いかけてきて、ケイトの横に並ぶ。


「あれ、ケイ君。今日はミクちゃんと一緒じゃないの?」

素通りされた事には気にした様子もなく、沙羅は尋ねる。今まで三人で学校に通っていたので、沙羅は不思議に思っているのだ。


「もうあいつとは一緒に学校に行かないよ。いい加減、あいつには兄離れしてもらわないとな」

「ふーん、そうなんだ。でもそんな事言って、本当は私と二人きりで学校に行きたかっただけだったりして」

沙羅はいたずらっぽい笑みを浮かべる。茶化しているつもりなのだろうが、おそらく本心ではケイトが頷いてくれる事を期待しているのだろう。お約束の展開だった。


「そんなわけないだろ、ばーか」

ケイトは好感度を下げるつもりで冷たく答えた。

ところが返ってきた答えは予想外のものだった。


「ふふ、やっぱりそう言うと思った。ケイ君、昔から意地悪だもんね。でも本当は優しくて。いつまでも昔のままで、なんだか嬉しいな」

沙羅は喜びを表現するかのように、ケイトの腕に寄り添ってきた。ケイトとしては、焦るばかりだった。


(なんでこうなるんだよ。どう見ても好感度が上がってるじゃないか。冷たくすれば大丈夫なんじゃなかったのか?)

ケイトは確認のため、ゲーム中断のボタンを押そうとした。しかし沙羅にぴったりくっつかれている状態でゲームを停止しようものなら、一樹がまた騒ぎ出しかねない。


(いや、やっぱり聞くまでもないな)

ケイトは今まで自分がプレーしてきた恋愛シミュレーションゲームを思い出した。

ごくまれなパターンだが、時には相手に冷たくする事で好感度を上げられる事もあるのだ。その見極めは、なかなか出来るものではなかった。


(厄介なゲームだぜ、まったく)

簡単には好感度を下げられないという事を再認識し、深々と嘆息した。

とその時、


「お兄ちゃーんっ! アタァァックっ!」

衝撃と共に何か重い物が背中に乗っかってきた。確認するまでもなく、それはミクだった。


「重いだろ! 離れろ!」

実際はそれほど重くはないのだが、気分のいい状態ではないので振り払おうとする。

しかしミクはしっかりとしがみついており、離れなかった。


「えへへ、追いついちゃった。沙羅お姉ちゃん。お兄ちゃんにくっついたりしたら駄目だからね」

ケイトにおぶさったまま、ミクは隣の沙羅に可愛く怒ってみせた。

沙羅はいつもの事なので、特に気にした様子もなく答える。


「はいはい。ケイ君はミクちゃんのお兄ちゃんだもんね。ごめんね、ミクちゃん」

ミクと沙羅は仲が良かった。ケイトの事になるとミクはすぐに割って入ろうとするが、沙羅はすぐに身を引くので喧嘩になる事はなかった。

その事からミクは沙羅の事を実の姉のように慕い、沙羅もまたミクの事を妹のように可愛がっていた。

その関係は、昔から今も変わる事はなかった。


(沙羅とエンディングを迎えるためには、相当な波乱が起こるんだろうな)

今は沙羅も遠慮しているが、好感度を上げていくうちにだんだんと本当の気持ちを前に出していくようになるのだろう。

そうなれば姉妹のように仲良くしていたミクと、当然亀裂が入る事になる。それが一体どんな争いを招くのだろうか。


ケイトはゲーム的な考えを抱き、ふと興味を惹かれた。沙羅と仲良くなっていけば、面白いものを見られるかもしれない。

だがゲームを始めたきちんとした目的がある事から、その考えは振り切った。そして意識をゲームに戻し、背中のミクに声をかけた。


「そろそろいい加減に降りてくれないか? 疲れてきたんだけど」

「やだ、もっとギュッとしていたい。お兄ちゃんの事大好きなんだもん」

ミクはケイトの背中に頬ずりをしてくる。

本当なら喜んでもいいのだろう。マニアックな男にとって、可愛い妹にここまで甘えられる事はどれだけ嬉しい事なのか。

このゲームのシナリオ、キャラ設定キャラデザインを手がけたもう一人の制作者、ゲームに取り憑かれた中原清二(なかはらせいじ)の願望が如実に表れていた。


ミクを引きはがす事をあきらめたケイトは、そのまま学校へと歩き出した。これが一つのイベントとして成立しているなら、抵抗しても無駄なのだろう。

少し歩くと、いきなり目の前の景色が変わった。出てきた場所は、中学校の前だった。


「えっ?」

一瞬の事に、ケイトはア然とした。そんなケイトには構わず、ミクは背中からぴょんと飛び降り、ケイトの前に回り込んだ。

「ここまでおんぶして来てくれてありがとう。あたし、学校頑張ってくるね」

ミクは一気にケイトとの距離を詰めると、頬にキスをした。拒む間もないほどの早技だった。


「なっ!?」

思わぬ事にケイトは動揺する。頬にはリアルな感触が残っている。

いくらゲームのキャラとはいえ、本物そっくりの女の子からキスをされ、ケイトは紅潮するのを止められなかった。


「えへへ、じゃあね!」

ミクは無邪気な笑みを浮かべ、元気に学校の中に駆けて行った。走りながら途中で振り返り、手を振ったりもしてきた。


「相変わらずだね、ミクちゃんは」

硬直していたケイトは、沙羅のひと言で我に返った。

(いくらなんでもやりすぎじゃないのか、今のは?)

設定上は仲のいい兄妹としてのスキンシップなのだろうが、やられている方はそんな言葉で片づけられるレベルではなかった。

油断していると、ケイトまでがゲームに魅了されてしまいそうだった。


(どれだけ欲望に満ちた制作者なんだ、あの人は)

明らかに願望を叶える事を目的としたイベントに、ケイトは嘆息した。

気を取り直して歩き出すと、再び目の前の景色が一瞬で変わった。今度は橋の上だった。


(またか。このゲームは余計なシーンは省略するように出来ているのか?)

二回目という事もあり、ケイトは冷静を保っていた。次々に必要なシーンへ飛んでいく部分は、普通のゲームと同じだった。


「ケイ君、あの人何してるんだろう?」

沙羅は橋の上を歩く少女を指さし、怪訝な面持ちを浮かべる。

それは沙羅と同じ高校の制服に身を包んだ少女だった。

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