第4話それぞれのデビュー
…見たことある天井だ。
起き上がると、うん、やっぱり。ここは昔泊ったことのある場所だった。
家族で撮ったと思われる古い念写が目に留まる。
「クラウスの奴か。懐かしいな。」
あれは何回目の転生だったか、俺が騎士として従事していた頃のこと。
相棒とも親友とも言えた男がいた。
名前はクラウス・ハンプトン。見た目は金髪の好青年なのだが、性格にクセが強く、まともに付き合ってたのは俺くらいだった。
「…おいクラウス。」
「何だ相棒。」
「お前俺の目ぇ盗んで娼館行ってきたろ。」
「ふっ、馬鹿を言うな。俺はちゃんと西側の警邏をしてきただけだぞ。きりっ」
イラっとしたからボコボコにしてやった。
「顔中に口紅付いてんだよ!あからさまに賢者った顔してんじゃねぇ腹立つ!ぶっ飛ばすぞ!」
「…も、もう半殺しにあってるんだが?」
と、こんな調子のエロ猿だったな…。
確か最後に会ったのは帝国との大戦の時だ。第二大隊として従軍し、俺たちは左翼から攻め込んだ。
因みにその時あの女は宮廷魔導士として第一大隊に従軍していた。この戦争が終わったら告白しようとか見事なフラグ立ててたのは若さ故か。
…話を戻そう。脚をやられたクラウスを背負って後方へと退避している途中に、俺は遊撃部隊で動いていた傭兵の女に強襲を受けた。
何とか俺が盾になってクラウスだけ逃がしたのが最後だ。因みに、アイツが居た第一大隊は初撃で壊滅したらしい。
(…この念写をみると結婚は出来たんだな。足は治らなかったみてーだが。)
「おや、少年起きたのか。あれから丸一日寝ていたから心配してたんだ。」
その声に振り向くと、扉のところにはクラウスが居た。いや、そう思うくらいそっくりな男と言うべきか。
「これ…」
「ああ、それかい?古い念写だけど、我が家のご先祖様だよ。言い伝えでは非常に理知的で真面目な騎士だったらしい。」
オイ、言い伝え間違ってんぞ。逆だ逆。
…っと、それより礼が先だな。
「すみません、なんだか厄介になってしまって。」
「いやいや、良いんだよ。遠くから遥々来て疲れ果てたんだろう。たまに居るんだ。私の名前はニクラス・ハンプトン。キミは?」
「お、俺はアル。アル・ジェリーノです。」
な、なんだ…?クラウスの顔で真面目そうなこと言われると気味が悪いぞ。もっとハッチャけろ。娼館でも行ってこい。
「随分若いけど、家族に会いに?それともお遣いかい?」
「いえ、12歳になったので冒険者になろうと村を出てきました。」
「あははっ、それは随分思い切ったね!」
「あの…ニクラスさんは何を?」
「私かい?私は城門の守備隊を任されてる騎士の端くれさ。詰め所にキミが運ばれてきたから近くにある私の家に運んだんだ。ちょうどその頃、街から伸びる街道沿いにリッチっていう魔物が出てね。もしかしてキミはアレから逃げてきてあんなに疲労困憊だったのかい?」
リッチ…?確か恨みをもって死んだ怨念から成る妖魔だったな。
「駆けつけた衛兵によると、白いウエディングドレスを着て髪を振り乱していたらしい。…きっと婚約者に捨てられた怨念が彼女をああしたんだろう。」
奴だーーーーーーーーーーーーー!!あのクソ女こんなとこまで追ってきやがったのか!!
「リッチはどうなりました?!ちゃんと仕留めました?!」
「ははっ、やっぱりアレから逃げて来たんだね。若いのにBクラスの魔物から逃げきれるなんて中々やるじゃないか。」
「そんなん良いから!ちゃんとぶっ殺したんですよね?!」
「え?い、いや、魔法を数発打ち込んだら逃げて行ったみたいで…リッチは強敵だし深追いはしなかったんだ。でも安心してくれ。ギルドには討伐依頼を出しておいたから。」
何やってんだよ衛兵!!そこで捻り潰してくれたら後顧の憂いを断てたのに!!
にしても危なかった……少しでも足を止めてたらお終いだったな。よくぞもった俺の体力!
興奮も束の間、大きな腹の音が鳴った。
そういや、何も腹に入れず走ってきたんだった…。
「私は仕事に行かなければならないからもう出るけど、パンでよければ用意してあるから持って行くといい。冒険者ギルドももう開いてるから丁度いい頃合いなんじゃないかな。」
「何から何までありがとうございます。このお礼は必ず。」
「いや、良いんだ。冒険者になって、人の役に立ってくれればそれで。」
クラウス…お前、良い嫁貰ったんだな。この青年の人間の出来た感じ見るとお前の遺伝子は消滅させられたんだろう。念写見てもアイツ一筋の俺にはビビっと来なかったけど好感度爆上がりだわ。奴の遺伝子を見た目以外食い尽くしてくれてありがとうございました。
俺は心の中で嫁さんに、そして言葉でニクラスさんにお礼を言って冒険者ギルドへと向かった。
勝手知ったるアーネスト王国の王都。
ここは獣人差別が殆ど無くて良い国だ。西の帝国で転生した時は奴隷だらけで嫌気がさしたっけ。俺もアイツも人間以外に転生したことは無いからその辛さは想像でしかないけど、アレは見ていて気持ちが良いもんじゃない。
「…にしても、ここも変わんねーな。」
古びたスイングドアを開けて冒険者ギルド内に入ると、作戦会議や打ち上げ、依頼受注ついでに食事をする人たちで活気にあふれていた。
俺はまず受付カウンターへ向かい、獣人の受付嬢に登録の旨を伝えた。
「ご登録ですね!ありがとうございます!登録料として500ガルいただけますか?」
「ああ、はいはい。」
登録料が500ガル、銅貨5枚ってのも相変わらずだな。
「それではこちらの水晶に手をかざしてください。」
言われたとおりにすると、水晶は淡い光を放って下にセットしてあったカードへ印字が始まる。
15歳の洗礼前だから自分のステータスとかスキルが分からないのが不便だけど、今さら贅沢は言ってられない。
何が何でも騎士学校の入学資金を貯めて、今度こそアイツを振り向かせるんだ!
「これで登録は完了しました。初めはGランクですが、一つ依頼を熟せばFランクへと上がれます。依頼板はこまめにチェックしてくださいね!禁止事項などはガイドに乗ってますのでそちらも目を通しておいてください。ご活躍期待してます!」
冒険者ギルドは身分証だけ作りに来る人も居るため、Gランクがスタート地点となる。Fランクからが駆け出しと呼ばれ、それ以降は貢献度や成功率で上がっていく仕組みだ。上に行くほど報酬も高くなるし、ギルドに差っ引かれる分も少なくなるから出来れば早めに上げておきたい。
入学資金は500,000ガル。試験で特待生になれれば免除の上、年間の授業料も半額になるからそれを狙っていきたいけど、今のうちに稼いでおかないとな。制服代とか教科書代もかかるし、何よりこれから生活していくための宿代やら食費のために。
「よし、じゃあ早速やりますか!」
俺は依頼板に近付いて貼られた羊皮紙を見る。
ふむ…難易度Fまでなら受けられるから、ここはFマークのヒール草採取でもやっとくか。楽だし群生地も知ってる。これで1,200ガルは美味しい。
それから行きがてに長期滞在で安くなる冒険者向けの宿を探して、やる事は山積みだな。
羊皮紙を外し、受付に持っていくと俺はギルドを後にしたのだった。
・・・・・・・・・・・
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もういい加減暇だ…。
本も読み飽きたし、家の中だと魔法の練習も制限がある。とは言っても外に出たくないし…。
「…そろそろお父様の仕事でも手伝おうかしら。」
基本的に家庭に仕事を持ち帰らない出来た父だけど、たまに夕飯時も悩まし気に唸ってる時もあるし。
私には知識も経験もある。正直そこらの役人なんかより優秀だと思う。
士官学校への入学を決めた日から、最近では勉強を見てくれようとしてくれてたしちょっと頼んでみよう。大好きなお父様のため~とか言えば大丈夫よね。押しに超弱いし。
「というワケでお父様、今日からお父様のお仕事を手伝わせてください。」
私は父が普段仕事をしている書斎を訪れた。
「ど、どういうワケなのか分からないけど…。まだ12歳なんだから、そんなこと気にせずご友人と遊んできなさい。」
「いえ。私、少しでもいい成績を修められるよう、早くから経験を積みたい…というのは建前で、大好きなお父様のお力になりたいのです。いけないでしょうか?」
「テオナ…!」
あ、泣いた。
「分かった!キミの利発さなら任せても大丈夫だろう!」
「え、ええ…。」
ちょっとチョロ過ぎじゃない?テキパキと書類を纏めて、応接用のテーブルへと運ぶ父。
「コレは領民から上がった陳情の書類なんだ。まだいくらか時間の余裕があるし急がなくて良いから目だけ通してもらえないかい?そういう声があるということを知っておくだけでも勉強になるだろう。」
そう言って渡された書類の束。
ふ~ん、まあこれくらいなら余裕でしょ。
「分かりました」と短く返事をして早速取り掛かる。
未だにグスグス言ってる父が煩いけど、この程度私に掛かればお手の物よ。
え~っとまずは…
『トメロ村陳情書:収穫が思うようにいかず、来期の税収が満足に納められそうにありません。減税のご検討をお願いします。』
ふむ…トメロ村って言ったらお父様の領地の最南端よね。確かに田舎だけど魔物の被害も少ない地域だし、気候も安定してる。収穫が捗らない筈がないんだけど…。
「お父様、トメロ村の税収資料と直近で来ている同地区からの陳情書はどちらにありますか?」
「へ?あ、ああ、それなら後ろの棚にあるはずだから好きに見るといい。しかし目を通すだけで構わな…」
「分かりましたありがとうございます。」
話を打ち切って棚を探す。
几帳面な父で助かったわ。ちゃんと名前順に並んでて、しかも中身まで時系列でしっかりファイルされてる。
で、トメロ村の税収は…。
……何よこれ。期を追う毎に減収してってるじゃない。陳情も一期おきに少しずつ言い方を変えて同じこと言ってきてるし。
「…お父様、トメロ村は今どんな状況ですか?」
「あそこならここから大分離れてるからね。代官を立てて南部は全て任せてるよ。しかし目を通…」
「分かりましたありがとうございます。」
打ち切る。
なるほど、南部は代官を通してるのか。南部には確かクゼ村とカーン漁区、アッシャー村が含まれてる。
とりあえずそれらの村の資料を揃えてみると……大当たりね。似たような陳情が同じように間隔をあけて届いてる。
この陳情書は必ず代官の居る執政区を通ってる筈だから、文面やらもそこで修正が入ってるはず。時には握り潰されてるものもあるだろう。
「南部の代官ってどなたにお任せしてますの?」
「南部はトバレフだな。テオナも昔会ったことがあるだろう?あの恰幅のいい…」
「ああ、あのハゲデブ。」
「ハ…?!」
トバレフは男爵家の三男で、頭は悪くないけど私の見立てでは僻み根性の塊みたいな奴。
本当は王都の執政官を目指してたらしいんだけど、騎士学校での成績が振るわず、おまけに三男だから家督も継げずに落ちこぼれ一直線だった。
そこを拾い上げたのが騎士学校時代に同級生だった父。座学は優秀だったのを知っていたから地方の行政官として雇い、真面目に働く姿を評価して5年前に代官へと取り立てたのだ。
私も父の首席就任のパーティーに出席させられた時に会って挨拶程度に話したっけ。
「テオナ…頼むから母さんのようにはならないでくれ。本当に頼むから。」
「それ、本人に伝えても構いません?」
「何か欲しいものはないかい?!食べたいものでも構わないぞ!だ、だから…」
中流とは言え貴族の当主が捨てられた子犬みたいな目で見てこないでよ。
「欲しい物はありませんけど、一つお願いを聞いてください。」
「なんだ?!なんでも言ってくれ!」
「トバレフの身辺調査をしましょう。」
「へ?」
私はそう言ってトメロ村の資料を広げ、気になった個所をマークしながら補足していった。
父は普段はこんなんでも、尊敬に値する人物だ。
だから領民が苦しむほどの税は求めていないし、情状酌量があればしっかりと加味する。例えば魔物や盗賊が畑を荒らしたとなれば私兵団と共に赴いて調査し来期の税収も考慮する。天候によって被害が出ても同じだ。
資料の上ではそのどちらも無いのに領民は苦しいと言ってきているという事は、必然的に別の可能性が浮かび上がる。
この場合、一番考えられるのは横領。
「まさかトバレフが?いやしかし、陳情というのは来ない方がおかしいんだよ?民は負担が減れば減る分だけ嬉しいものだし、こういった願いは来て仕方がないものなんだ。減収だって何か理由が…」
「それならコレはどう思います?」
そう言って今度は南部から届いた別の村の資料を広げた。
巧妙に時期をずらして似たような陳情が届いており、税収も着実に減っている不可解な現象。普通、一時的に税収を落としてあげれば次の期には多少回復するのだ。全ての村で毎期下降線というのは説明がつきにくい。
それこそ定期的に賊の被害が出ていたとしても、それについて何の報告もない。
しかもそれが始まったのはハゲデブが就任した5年前から。
「…これは!」
「ですから、“お願い”です。」
資料を見て首席補佐官の顔へと変わる父。
多分、というか十中八九あのハゲデブの考えはこうだ。
王都の貴族として育って地方行政官程度の生活には耐えられなかった男は、代官の座を手にしてそれまでの鬱憤を民に向けた。陳情通りに税収を下げるように見せかけて、実際は逆に微量に上げて報告との差分を懐に入れていった。これならば民も疲弊し、税収も下がる一方だろう。
そしてこの男の狡猾なところは、陳情書に手を加え、尚且つ間引いているところだ。仕組みをよく理解しているし、それを巧く利用している。発覚すれば重罪は免れないけどね。
あのハゲデブの誤算は、ただ単に私がここに居たことと、貴族育ちだったせいで一度味を占めたら金銭感覚が麻痺し止め時を誤ったこと。
今回父が気付けなかったのは
「今遣いの者をやって諜報部に連絡を入れたよ。」
「そうですか。」
「…これが本当なら…いや、もはや疑いようはないが、お手柄だな。昔から頭のいい子だと思ってたけど正直ここまでキレるとは思わなかったよ。将来が楽しみだね。」
当然。伊達に歳重ねてないわよ。
「さて、じゃあ今日はこの辺りにしておこうか。疲れただろう?」
「そうですね。他の資料はまた明日にでも目を通します。」
「ふふっ…頼もしいな。こんな事ならもっと早く頼めばよかったよ。」
まだ余裕あるけど、やる事が一つできたから言われるままに部屋を後にした。
…あとはこうして部屋の前で聞き耳を立ててるこの人の仕事だから。
「随分と楽しそうな話してたじゃねーか。」
「お母様、貴族暮らしで腕が鈍ってたりしませんよね?」
ニコリと微笑む。対する母は挑戦的なギラついた目で見返す。
「誰に言ってんだ。」
赤髪をアップポニーにまとめ上げると、咥えた紐で縛る母。
冒険者時代はAランクまで登りつめ、“赤鬼”と恐れられた凄腕だ。これまでも密かに我が家を狙って政敵が送り込んできた虫を悉く葬ってきたのを私は知っている。
寝物語に聞かされた話はそんなんばっかりだったしね。
そしていつからか、家中に入り込んだ虫を私が見つけ、母へと引き渡すのが影の役割となっていた。みんな私を子供だと思って油断するからやりやすい。
「…黒幕は分かってんだろ?」
「あらお母様、誰に言ってますの?」
「くくくっ」
「ふふふっ」
笑い合ってメモを渡すと、その場で別れる私たち。
さあ、うちを陥れようとした愚図共…私の平穏を乱すのなら手加減はしないわよ。
明日こそアイツに恋されたい! @aruru-aruru
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