第3話それぞれの12歳

俺は人一倍気配には敏感だ。何せ人生がかかっているのだから。

人が最も無防備になるのは睡眠中。

しかしそこでも気を抜かないのがこの俺、アル・ジェリーノ。


「んふふっ…逃げようったってそうはさせないんだから。もう初潮も来てるし、孕んじゃえばこっちのものよね。」


このようにクソ女が布団に侵入してきても、俺は動じない。

何故なら…


「今日こそは一杯絞ってあ・げ・る♪」


布団を捲りあげるクソ女。

しかしそこには布を丸めただけの変わり身があるだけ。


「くそっ!!また悟られたか…!!」


ふん、馬鹿め。俺は生まれる前からの女難の相……年季が違うんだよ阿婆擦れが。

クソ女が「初潮が来た!」と俺に嬉しそうに話してからというもの、俺が寝ているのは屋根裏にひっそりと作った寝床だ。

床が固いとか肌寒いとか、人生を台無しにされることに比べれば些細な事。ここならば有事の際に屋根伝いに逃げられるし、内鍵仕様で防備は完璧だ。

グッナイ、クソ女。


「…ふ、ふふふふっ…ふふっ、アハハハハハ!!」


怖っ!一人で笑って何してんだ?!


「私から逃げられるなんて思わない事ね。…アルくんは私のってもう決まってるんだから。くくくっ」


決まってるわけねーだろボケ。馬とでも犯ってろ。

こうして俺は、ありとあらゆる手段で魔の手を掻い潜った。

人前では闇を見せないヤンデレの特質を読み、常に一人にならないように立ち回る。

鍛錬中は本気で追いかけてくるから恐怖感も加味してむしろ効率が良い。

そんなことを続けていたら、いつの間にか11歳最後の夜を迎えていた。


「あ゛~~…どこ…どこなのアルくん…!私の中気持ちいいよ~…アルくんだけの場所だよ~…ふふふっ!」


だから怖ぇよ!毎晩毎晩よく飽きねーな!

ていうか親父たちもこんな化け物が家に侵入してきてんのに寝こけてんじゃねー!普通に犯罪だろうが!

最後の夜は特に入念に気配を断ち、ただひたすら朝日を待った。あの化け物は朝には出てこない。ただのグールだ。


「…朝か。」


俺も今日で12歳。ようやく訪れた出立の日。昨日のうちに第二の寝床で準備は整えてある。

あとはそれを持って逃げるだけだ。


「おはよー母ちゃ…ん?」


荷物を持って居間に行くと、二人は朝から豪勢な料理を用意して待っていた。


「おめでと~アルちゃん!!」

「お前ももう12か!早いもんだな~!」

「あ、ああ、ありがと。」


おかしい…確かに誕生日だが、朝からこうまで祝ってもらったことが無い。いつもは夜に一品多いくらいのものだ。


「それにしてもいきなり結婚だなんてお母さん驚いたわ~!」

「は?!」

「そうだぞお前!昔から仲良かったし不思議ではねーが、俺はてっきり冒険者になるんだと思ってたわ。」

「ちょ、ちょっと待て!どういうことだ?!」

「とぼけんなよ倅!ほれ、新妻が迎えに来たみたいだぞ?」


俺は恐る恐る後ろを振り向く。

開いた玄関の扉には、満面の笑みでウエディングドレスを着たクソ女が居た。

この恐怖、おわかりいただけるだろうか。


「…今日から私、クララ・ジェリーノ。よろしくね、アルくん。」


髪が口に入っているところがまた恐怖を煽る。

しかし俺を甘く見たな阿婆擦れ。俺はこう見えて何百年も歳を重ねてんだ。餓鬼だと思って押し切れるとでも思ったか?


「ふっ…」


微笑む俺を肯定と受け取ったのか、嬉しそうにはにかむクソ女。


「父ちゃん、母ちゃん、今までありがとうな。」

「アルちゃん…!」

「へっ、よせやい。」


両親にお礼を言うと、クソ女に向き直った。


「…クララ。」

「…はい!」

「結婚というのはお互いが認め、誓い合わなければ成立しない。俺が誓う事はまずないからこの結婚は無効だ。それじゃ、俺は今日でこの村を出るから、達者でな。」


走れ俺ぇ!脱兎の如く!決して振り向くな!

白いドレスの化け物に捕まりたくないのなら、足だけを動かせ!

俺には分かる!悪鬼の形相で追ってくるアレの姿が!


「あなだ~…!!待っで~!!」


ひぃぃぃ…!流石にこれはビビる!!でも絶対止まれねー!!


「お腹に子供がいるの~…!!あなだの子よ~…!!」


嘘つけ!

いや構うな俺!この何年もの間鍛えてきたスタミナに奴がついてこれる筈がない!

王都まではあと100キロ弱!肺が潰れても走り抜け!

…そうして俺は、魔の手から逃れ、王都へと飛び込んだ。丸二日眠ることなく走り切ったのだ。


「お、おい少年、大丈夫か?」


街の入り口へヘッドスライディングを決めた俺を心配してか、衛兵のおじさんが駆け寄ってきた。

だが待ってくれ…まずは俺にゆっくり空気を吸わせてくれ。


「医者を呼ぶか?」


それには及ばないと手で制する。

それよりも、確認したいのは…


(後ろだ!)



そこには誰も、いや、あのクソ女は居なかった。

俺は膝をついたまま手を広げ、渾身のガッツポーズ。


「いよっしゃああああああああああああああああああああ!!」

「しょ、少年?!」


俺は叫んだ。

そして、意識を手放すのだった。


・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・


貴族の娘というのは退屈だ。

何度か味わったことはあるけど、その度に思う。

日がな一日、何が楽しくてアハハオホホとおべっか遣い相手にお茶を飲まなきゃいけないのか。

相手が上流貴族となるともっと厄介で、自慢話が長いこと長いこと…。自分の犬の事についてよくそんな話してられるわね。しかも犬って子飼いにしてる従者のことだし。


「そう言えばテオナさん、貴女はどなたかお気に入りの従者は居ませんの?」

「私はそういうのはちょっと…。メイドで事足りてますので。」

「あらあら、それはいけませんわっ!わたくしと同じ士官学校へ入るのでしたら決めておいた方がよろしくてよ?」

「へ?」


そんな決まりあったっけ?とは言っても士官学校に入るのは数十年ぶりだし…新しく決まりでも出来たのかな?


「士官学校ではより優れた従者を決める大会が年に一度開かれますの。特に貴族は将来上に立つ者としての資質がそこで試されますわ。だからテオナさんもわたくしと一緒に15歳になれば入学するのですから、今のうちに選りすぐっておきなさいな。」


マジですか…。

でも従者って、下手に募集でもかけようものならアイツと知り合ってしまう可能性も…。


「ま、まあ、あと三年はありますから、その間にゆっくり選抜することにします。ご忠告ありがとうございます。」

「ふふっ、よろしくてよ。オ~ホッホッホッ!」


縦巻きロールを手でなびかせて高笑いをする公爵家のご令嬢。何故か知らないけどこの人には随分と懐かれちゃってるのよね。

ラナティーヌ・ルイ・オーフェン。誰もが繋がりを持とうとする大貴族オーフェン家の長女様が中流貴族の私とお喋りして何を得られるのかしら。


「…あら、もうこんな時間ですのね。」

「何か御用事でも?」

「ええ。この後は別のお茶会が入っておりますの。」


お茶会ってハシゴするもんなの?!さすが生粋の貴族は違うわ~。


「わたくしは貴女とのお喋りが一番楽しいのですけど、公爵家の者として社交的であるべきですからね。名残惜しいですがお暇させていただきますわ。」

「はい、ではまた。」

「ええ、御機嫌よう。」


そう言って優雅に去っていく。

は~…ようやく一人になれた…。とは言ってもやる事なんてあまり無いけど。

本を読むにしてももう読んだことあるものばかりだし、勉強しようにも教材が無い。部屋でも出来る魔法の練習でもしてようかしら。

でも今度の身体は不思議ね…知識にある魔法は試してないモノもあるけど、今のところ属性にかかわらず全部使えてる。本当なら二つの属性を持ってるだけで珍しいのに。


「とりあえず魔法でコップとか洗っとこ。『クリーンアップ』」


水属性の呪文を唱えると、一瞬でコップがピカピカに。これがあるから水は便利よね。メイドたちも羨ましがってるし。

因みに、面倒になるから皆には私が水属性専門だという事にしている。下手に目立つとアイツと出会う可能性が上がっちゃうからね。今度こそは絶対に出会わないようにしなきゃ。


「テオナさん、入りますわよ?」

「そうぞ。」


入ってきたのは我が母、ラキシス・フォン・ルクセンバルム。


「おろ?あの嬢ちゃんはもう帰ったのか?」

「ええ、今しがた。」


部屋を見渡して誰も居ないことを悟ると、ベッドに寝転がってくつろぎ始めた。

この見た目こそ貴族然としているが、やはり中身は元冒険者。堅苦しいのは大の苦手で、私の前ではこの有様だ。


「お母様、はしたないですわよ?」

「だ~!今は二人きりなんだから止めようぜそういうの!」

「…はあ、分かったわよ。で?何の用なの?」

「おお!それそれ!それでこそ自慢の娘よ!」


大股開いて身を乗り出してくる我が母。気を張らなくて良いのは私も楽だからいいけどね。

…それにしたっていきなり靴下とかコルセット脱ぎ散らかすのはやめて欲しい。


「用って言われても特にねーんだけど……あ、そうだ!お前もう12歳だろ?彼氏とか出来たか?」

「女性としか会ってないんだから出来る筈ないでしょ。」

「おいおい娘よ、あたしゃ将来が心配だよ。間違っても行き遅れてヒキガエルみたいな貴族と結婚とかやめてくれよ?そんなのに『お義母様』とか呼ばれたら弾みで殺しちまう。」


殺すなよ。…ガチでやりかねないけど。


「……はっ!お前、もしかして…女の方が好きなのか?」

「オイ母。」

「いやいや!アタシに偏見は無いから安心しろ!冒険者時代は女同士での経験もあるし!」


聞きたくなかったその情報。

「あれは蒸し暑い夜のことだった…」とか勝手に喋りだすけどこれは無視ね。ホント、コレさえなければ話しやすい良い母なんだけど。

そんなことを思っていると、扉を優しくノックする音。この感じは多分お父様かな?


「テオナ、入ってもいいかな?」

「どうぞ。」


予想通り、父のメーネウスが扉を開けて入ってきた。

気にせず語り続ける母と部屋中に散らばった衣類を見て、ため息をつく。うん、気持ちは分かるわ。


「…ラキシス、なんて恰好してるんだ。テオナが真似したらどうする。」


真似するはずないでしょーが。


「お?なんだ旦那様じゃ~ん!アタシに会いに来たのか~?」


父を一目見て甘えモードに入ってるところを見ると、やっぱり本気で惚れてるんだろうな。


「いや、僕はテオナに用が…」

「ああん?」

「……キミに会いたかったです。はい。」

「そうか!アタシも会いたかったぞ~!んちゅ~~~」


しがみついて深い接吻をかます母。力では到底敵わない父は振り解けずにもがいている。


「…ぷはっ!こ、こら、娘の前だぞ…!」

「いいじゃね~か~。ほら、丁度アタシも脱ぎやすい恰好だし、ベッドもあるしさ~。」


おーい!そこ私のベッドだぞ!


「だ、ダメに決まって」

「そ~れっ!」

「ぬおぁ?!」


ベッドに放り投げられる父は成す術なくマウントを取られる。

あ~…もうコレ止まらない奴だわ。とりあえず見たくないからさっさと部屋を出よう。


「て、テオナ…!助けてくれ!」


背中に本気の懇願が届く。

だから慈悲深い私は笑顔で振り向いた。


「お父様。」

「テオナ…!」

「次も女の子でお願いします。」

「テオナ?!」


そうしてそっと扉を閉じた。

助けを呼ぶ声が響くけど、その中にちょっと混じる嬌声が助ける気を失せさせる。昼間から娘のベッドで何してんだアイツら。情操教育に悪いだろ。

にしても、部屋に戻るわけにもいかないし、外に出る気もないからどうしましょ。

……メイドの手伝いでもするか。そんでアップルパイでも作ってもらおう。

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