世界一有名な秘密兵器の正体は誰も知らない。

FDorHR

世界一有名な秘密兵器の正体は誰も知らない。


「つまり、切り札はフクロウだったんだよ」


 『世界一有名な秘密兵器』として有名なフクロウ像を見上げながら、老人はカップ酒をぐびりとあおった。


「そのフクロウというのは?」


「フクロウはフクロウだよ。詳しいことは分かんねぇ。だけど、俺らはフクロウのおかげで助かったんだ」


 赤ら顔で気勢よく喋る老人の言葉に「またか」と内心溜息をついてしまう。お礼を告げて謝礼を手渡し、終戦記念公園のベンチを後にした。



          ∞



 今から六十年ほど昔、この国は大きな戦争に巻き込まれた。国土の半分以上が侵略され、当時の人口が二割は戦死したという酷い状況だったらしい。

 敗戦は必至。


 誰もがそう思っていた諦めかけていた矢先、突如敵国の一つが降伏を宣言した。そこからは積み木が崩れるかのように敵対していた国々が次々と降伏を始める。

 突然の吉報に人々が困惑する中、戦場から引き上げてきた人々の間でとある噂が流れた。


「フクロウに助けられた」


 その後、国民放送にて「秘密兵器である『フクロウ』によって戦況は逆転し、我が国は勝利を手にすることができた」と発表されたことで人々は興奮に沸き立ち、誰もが実態を知らないままフクロウは人々の記憶に刻まれる。


 それから六十年。梟の意匠は平和の象徴として人気となり、首都の終戦記念公園には梟を模した終戦記念碑が建てられた程だ。

 こうして世界一有名になった秘密兵器は、その正体を誰も知らないまま今日まで至る。



          ∞



「弾も無い、食料も無い。それらを運ぶ手段も無い。当時の軍部は無い無い尽くしで毎日ヒーヒー言ってたよ。

 少しでも悲観的なことを口にした奴は、翌日姿を消していた。それくらいジリ貧でどうしようもない状況だったんだ。


 それがどうだ。フクロウを投入してからたった数日で状況は変わった。

 軍部でフクロウの実践投入が始まってから、最初の降伏宣言がでるまでどのくらいかかったと思う。たった五日だぜ。


 え、結局フクロウとは何かって?

 最重要機密事項だったからな、俺も詳しいことは知らないよ」



          ∞



「私たちはある日突然研究所に集められて研究を始めました。逆らえる情勢でも無かったし、提示された報酬もよかった。何より、研究テーマがとても魅力的だった。


 内容については喋らなくていい約束だったね。懸命な判断だ。


 研究所は幾つかのセクションに分けられていて、それぞれ他のセクションが何をしているのかは知らなかったし興味もなかった。自分の研究に夢中だったからね。

 ただ、開発名称コードには全て同じ名称が使われていたよ。


 そう、『コード:フクロウ』さ」



          ∞



「あれは東部の前線基地が強襲されて、軍人も記者も散り散りになって逃げていた時のことです。

 私は運良く普段から仲良くしていた軍人さんと合流することができて、二人で一緒に山岳地帯を隠れながら西へ西へと向かっていました。

 空にはずっと飛行機が飛んでるし、生きた心地がしなかったですね。


 山に入ってから十日目くらいだったかな。私は足をくじいてしまって、軍人さんがずっと背負ってくれていたんですよ。

 私は『もう置いてってくれ。あんただけでも生き延びてくれ』って朦朧としたまま何度も言ったんですが、あの軍人さんは聞く耳持たず、無言で歩き続けてくれました。

 その後でした。銃声が聞こえて、私も軍人さんもその場に倒れてしまったんです。聞き慣れない言葉の怒声が聞こえて、あぁついに死ぬのかと思ったんですが、その直後、竜巻みたいな轟音が響いて、私はそこで気を失ってしまいました。

 ただその時、軍人さんが確かにこう言ったんです。


 『フクロウがきてくれた』って。


 それから、私は軍病院で目を覚ましました。軍人さんがそこまで運んでくれたらしいんですが、彼はその後すぐに軍に復帰したらしく、それから一度も会えていません。

 彼、元気にしてるかなぁ」



          ∞



 過去の取材インタビューを聞き直しながら帰途につく。

 終戦から六十年。すでに歴史の生き証人たちは多くがこの世を去り、当時を知るものは少なくなってきた。

 戦争に関わった者全てが切り札だったと断言するフクロウ。しかし、その正体を知るものは一人もいない。


 ここ半年聞き込み調査を続けてきたが、彼らが語るフクロウの断片は人によってその内容があまりにもかけ離れていた。


 新兵器。

 作戦名。

 暗躍部隊や暗殺者。


 果ては宇宙人の超技術から超能力者まで、現実的なものから荒唐無稽な妄想まで、人々の口を通じてフクロウはその姿を変えてしまう。

 あと十年も経てば当時を知る人もいなくなる。おそらく、この時代が真実に至るための分水嶺ターニングポイントだ、と記者の勘が告げていた。


「いい夜ですね」


 自宅への近道にビルの合間の路地裏へ足を踏み入れると、奇妙な男が待ち構えていた。燕尾服テールコート紳士帽シルクハット、白い手袋グローブ越しにステッキを持ち、左目の窪み片眼鏡モノクロ。今どき手品師マジシャンでも着ないような服装に身を包んだ、猛禽類を思わせる目付きの鋭い男だった。


「わずか半年で二十九人。内重要人物が三人。いやはや、勘が良いといいますか、末恐ろしいと言うべきか」


「あんたは?」


「フクロウ、と言えばご理解頂けますか」


 まずい、と思った時にはもう体が動かなくなっていた。

 これまでの調査結果から、おそらくフクロウとは新兵器を用いた作戦群の統一名称コードのことで、詳細を秘匿するために戦後フクロウ像というシンボルを作り人々の目を誤魔化してきたと予想していた。

 それはつまり、情報操作を行う組織が存在するということに他ならない。

 わざと目立つように動けば連中が餌に引っかかるはず。その時こそ真実に近づくチャンスだと思っていた。思っていたが、こんな事態・・・・・・は予想していない。


 男の影と目が合った・・・・・・・・・


 月明かりを背にした男の影は、私の足元から這いずり上がり全身を拘束していた。

 肌に触れる影の感触はぬめりのある触手のようで、影のあちこちに大小様々な目が浮かび上がっており、人間のように瞬きを繰り返している。


 背後からは虫や獣の群れに囲まれているような気配を感じ、一秒毎に精神がすり減っていく。

 先ほどとは別の意味で「あんたは」と口を開こうとしたが、影が喉を締め付け喋ることもできなかった。


「ご安心下さい。終わりは一瞬ですよ。それでは、さようなら」


 その言葉に、恐怖よりも怒りが湧いた。

 冥土の土産にフクロウの正体くらい教えてくれてもいいじゃないか。

 死ぬことよりも、何も分からず終わってしまうことの方が耐えられない。そんな性格だから記者ジャーナリストという職業を選んだのだ。せめて命と引き換えに答えが欲しい。

 結局、その願いが叶うことはなかった。



「―――っぃぃいいぃぃッぃ!?」



 闇を引き裂いて飛来した銀色が、男の顔面を弾け飛ばす。途端、男は奇妙な叫び声をあげてうずくまり、溶けた蛞蝓ナメクジのように形を崩して影の中へと消え去った。


 ビルの合間を風が吹き抜け、静寂が訪れる。自分の咳き込む声しか聞こえない中、キンッという音が耳に響いた。

 男が立っていた場所に一枚の硬貨が転がっている。それは数年前に販売された終戦を祝う記念硬貨。

 数字の書かれた裏側には、終戦の象徴であるフクロウ・・・・の意匠がかたどられていた。



          ∞



 その後、私はまだ生きている。

 あの夜何が起きたのかは未だに分からない。男の正体も、私を助けてくれた硬貨の持ち主も、フクロウの正体さえも、何一つ分からないまま事件は起きて、終わってしまった。


 これは記者としての直感だが、私がフクロウの真実を知り得ることはこの先一生ないだろう。世界一有名な秘密兵器の裏側には、闇よりも深い深淵が潜んでいた。それは私のようなただの人間が触れていい領域ではない。

 だからといって、真実を諦める理由にはならないが。


 幸いなことに、あの夜の出来事は私の中に渦巻く使命感だけをきれいサッパリ消してくれた。これからは死ぬまでの暇つぶしライフワークとして、フクロウの調査を続けていこう。


 一つだけ許されるのなら、私を助けてくれた硬貨の持ち主に一言お礼を伝えたい思っている。顔も名前も分からない相手を見つけるのは骨が折れそうだが、心配することはない。私には切り札があるのだから。

 親指で硬貨を弾いて、手の甲で受け止める。コインの柄は、フクロウ・・・・だった。




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