回答「絶望の中の安らぎ」

 僕は闇の中にいた。

 目を開けても何も見えない。

 動こうとしても、何かに閉じ込められているようで身動きが取れない。


 そしてなんだか息苦しい。




 ……思い出した。




 僕は、トリ子ちゃんのロッカーに忍び込んだ後、彼女に見つかり、何かを弁解する間もなく、中に押し込められたんだ。



 そしてそのロッカーはドアを下にして倒された。





 …………。




 出れないじゃん!!!



 


 ちょ! 助けて! 誰か!





 何度か叫んでみたけど、ゴールデンウィーク休みに入った学校に誰もいるはずもなく、僕は一人暗くてせまい鉄の箱の中で横になっている。



 どうすんだ? どうすんだよ!!



 僕、このまま死んじゃうの???



 待て待て! 落ち着け!

 暗くてせまい中であわててしまったけど、スマホで助けを呼べばいいんだ。




 そう思った僕は、ポケットの中から愛機を取り出す。





 ……電源切れてた。




 うわーーーーーーーーーー!!!!



 助けてくれーーーーーーー!!!!



 せまいとこ嫌だよーーー!!!!!




 身動きが取れないながらガンガン側面を蹴ってみたけど、勢いもつかないし足が痛いだけで何も壊れそうにない。




 いやだーーーーーーーー!!!!


 出してくれーーーーーー!!!!


 ここから出してよーーー!!!!!




 なかば狂いそうになりながら絶叫する。涙があふれてくる。両手で鉄板を叩く。




 ハァッ……ハァッ……。



 こぶしの皮がむくれたようなひりつく痛みで叩くのをやめた僕は、呼吸を整えながらも、今まで味わったことのない絶望感に包まれた。



 僕、本当にこのまま誰にも発見されずに死んじゃうんだろうか?



 いや! そんなわけがない! きっと誰かが助けに来てくれる。父さんと母さんが助けに来てくれる。それまで意識をしっかり保たなくちゃ!



 ……だけど、通気は大丈夫なんだろうか? このまま窒息したりしない?



 そこまで考えると、だんだん心拍数が上がってきた。



 落ち着け…………落ち着け…………落ち着け…………落ち着け…………落ち着け…………




 落ち着け……落ち着け……落ち着け……落ち着け……落ち着け……落ち着け……落ち着け……落ち着け……落ち着け……落ち着け……落ち着け……落ち着け……




 落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着



 ああああああああああっ!!!!!




 だめだだめだだめだだめだ!!!





 ……無駄に動いて体力を消耗してはダメだ。



 助けが来るまでじっとして待つしかない。二日くらい帰らなかったらさすがに捜索願が出されるはず。学校からの足取りを追うために警察犬を従えた警官がここに来るはずだよ。



 冷静に考えてみると、少し気が楽になった。



 このまま気持ちを落ち着けて静かに過ごそう。


 せっかくの一人の時間、有意義に使うんだ。




 ……どうやって?




 そうだ! 僕をここに閉じ込めたトリ子が逮捕されることをイメージするんだ。



 あいつバカだよな。こんなことをしてタダで済むわけがないじゃないか。絶対女子少年院行きだよ。




 そんな心の余裕が生まれたその時、




 ――グラグラグラグラグラッ!!




 なんだなんだなんだなんだ? なんなのよいったい?!


 地面が揺れてる?! どうなってんの? 地震?




 ――ガタンガタンッ! ドカッ! ガシャン!!



 ものが落下する音、窓ガラスが割れる音が聞こえるけど、僕は何もできない!



 ――バンッ!!



 うわっ!!


 ロッカーの上、自分と鉄板をはさんだその上に何か大きなものが落ちてきた!!



 衝撃で身体が縮みあがる。僕こんなところでつぶれて死ぬの? いやだー!!!



 ……何も考えられない。背中が大きく揺らされ、動けないまま恐怖におののく。



 そんな、無限に続きそうな恐怖がついに、終わりを告げた。



 揺れがおさまったのだ。



 まだ生きていることの喜びをかみしめながら、ふと思う。



 ロッカーが頑丈で良かった。


 運が良かった。


 僕はまだ生きてる。



 ……だけど、



 今の地震のせいで、このロッカーが倒れたのがトリ子のせい・・・・・・じゃなくなったりしたら嫌だな……。


 というか、ひょっとして今の地震で警察が動けなくなっていたら?


 震度で言えば、5強くらいあった? 窓ガラスが割れるくらいだしね。


 こんな山の上の学校まで捜査しに来れるのか?


 地震の被害が酷かったら、そちらの対応に追われて僕は助からないんじゃない?




 そんなことを考えていると、ふいに僕の下半身を尿意が襲った。





 うそ……だろ?




 ここで……もらすの?





 極度の緊張感にさらされたせいか、下腹部がいたくなってきた。



 ――ごろごろ



 マジ? このタイミングで下痢?





 ――ギュルギュルギュルギュル





 いやだーーーーー!


 ここでもらすのはダメだー!!!


 ただでさえ過酷な環境なのに、これ以上ひどくなったら耐えられない!



 ――ギュルギュルギュルギュル



 イタタタ、オナカガ イタイデス。



 何とも言えない状況に冷や汗が噴き出てくる。



 落ち着け……落ち着くんだ……。


 ここは便意に集中して絶望的な状況を忘れろ。


 けど体を折り曲げられないのはつらいな……。




 ――グギュルギュルギュルギュル グギュルギュルギュル



 うぉうぉうぉうぉうぉう いえぃえぃえぃえぃ……



 ――グギュルギュルギュルギュル グギュルギュルギュル



 うぉううぉううぉううぉううぉう いえぃいえぃいえぃいえぃ……





 ……第一陣は去ったか。





 だがこれからどうする?


 このまま一人、孤独な戦いを余儀なくされるのだろうか?


 これって絶望的な状況じゃない?


 いや、目が覚めてからずっと絶望的なんだけどさ。


 というか僕をこんな目に合わせたトリ子、僕はお前を絶対に許さない! 


 絶対に仕返ししてやる! 復讐してやる! 地獄を味わわせてやる!



 ――グギュッ?



 う、うそだろ? 次がそんなに早く来たの? っていうかなぜ疑問形?



 ――グギュルギュル?



 待って! まだ来ないで! ちょっと休ませてよ!



 ――ギュルギュルギュルギュル



 あああああああっ! チキショー! トリ子のやつめーっ!!



 ――グギュルギュルギュルギュル グギュルギュルギュル



 いえぃえぃえぃえぃ うぉうぉうぉうぉうぉう……



 ――グギュルギュルギュルギュル グギュルギュルギュル



 いえぃいえぃいえぃいえぃ うぉううぉううぉううぉううぉう……

 


 ――グギュルギュルギュルギュル グギュルギュルギュル グギュルギュルギュルギュル グギュルギュルギュル



 カエルピョコピョコミピョコピョコ! アワセテピョコピョコムピョコピョコ!










 ……ふう。なんとかやりすごしたけど、精神的にぎりぎりだ……。きっとこれ以上は耐えられない。



 ……というか耐える意味とはなんだ? 僕はいったい何を我慢しているんだ?



 さっさと楽になっちまえよ。そんな悪魔のささやきが聞こえてくる。でもダメだ、人間の尊厳を失ってはダメだ。ここは苦しくてもガマンだ。



 だけど、もう一度よく考えてみるとそんなに早く助けが来るはずもない。僕がここに閉じ込められてから、まだ12時間は越えていないはず。実際、一度も排泄してないわけで……。


 というか、すでに膀胱膀胱はパンパンだ。そしてその逆にのどはカラカラ。


 こんな究極に絶望的な状況で、僕はいったい何と戦っているのか?


 最悪、この状況で助かるためには、おしっこを飲むことも覚悟しなければならないのではなかろうか? というか、さっき叫びすぎたせいで、のどの渇きも限界に近い。



 とりあえず、ちょっとくらい放出してもいいよね?


 目をつぶり、下半身の力を抜く。



 ジュワーっと、下半身があたたかい感覚に包まれていく。



 ……なんだろ、これ。情けないけど、なんか快感だった。くやしいけど自然と笑みがこぼれてくる。


 お母さん、ごめんなさい。僕はこんな奴です。トリ子のブラウスも汚したけど、そこに罪の意識は感じませんでした。



 そんな「絶望の中のやすらぎ」も束の間で、第三陣がやってきた。



 なんだか、抗うことが無為に思えてきた。



 ――グギュッ?



 うん……来てもいいよ。



 ――グギュルギュル?



 僕は悟ったんだ。何もできないこの状況、無力さを認めるしかないと。心も身体も、あるがままを受け入れるしかないとね。




 さあ、おいで。





 そんなふうに心の中で、自分の便意と会話していた時だった。





 外から声が聞こえてきたのだ。



「お巡りさん、ここです。犯人をここに閉じ込めたんです」



 この声はトリ子! なんでこんなタイミングで!?



 ――ギュルギュルギュルギュル



 いや待ってごめん! さっき言ったの、あれウソだから! 状況変わったから!



「このロッカーの中ですか?」

「はい、私も気が動転してて、どうすれば良いのかわからなくて、報告が遅くなってすみません……」



 あああしまったーっ! もぅすこし我慢していたら助かる状態だったのかーっ!


 ――ギュルギュルギュルギュル


 待て待て! 待ってくれ!



「音しないですね。倒した時に後頭部を打ちつけて死亡していたら、殺人罪は免れるとしても、過失致死が適用されるかもしれないですよ」

「そ、そんな! 私、関川くんのこと、大好きだったのにっ! 愛してたのにっ!!」



 ちょ! こんなタイミングでやめてそんな告白!



 ――ギュルギュルギュルギュル



 ああああああ、頼む、もう少しだけ僕に考える時間を下さい!



「ん? なんか臭いますね」

「ま……まさか本当に中で死んじゃったんじゃ……」



 くそぉおおおおおおおおっ!



 ――ギュルギュルギュルギュルギュルギュル



 ふんもぉおおおおおおおっ!!



「いずれにせよ、現場検証が必要なので、鑑識が来るまでこの場は動かせないですね」

「……わかりました」

「とりあえず調書取りますので、あちらの部屋に行きましょう」



 ちょ、待って! お願いだから行かないで!!




 ――グギュルギュルギュルギュル グギュルギュルギュル



 ああっ! 来ちゃう! 来ちゃった!!



 ――グギュルギュルギュルギュル グギュルギュルギュル



 くそっ! なんでこんなところで僕は我慢できないのか!

 


 ――グギュルギュルギュルギュル グギュルギュルギュル グギュルギュルギュルギュル グギュルギュルギュル



 いやぁああああああっ! だめぇ!



――ビチッ! ブリッ! ブリブリブリ!!


 うううううぅ……。



「あれ? 今、中から何か音しませんでしたか?」

「したな! 助けるぞ! そっちを持ってもらっていいかな?」

「わかりましたっ!」


(続く)


作品タイトル:『愛とあなたのトリ子』


主人公:関川 二尋

ヒロイン:愛野トリ子




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