4周年記念イベント
【KAC2】最低のお祭り
バツイチになってから初めての里帰り。
「ゆうちゃんをお祭りにつれてってや。どーせひまじゃろ?」
まあ、ひまですけども。
甥っ子のゆうちゃんは素直で良い子だし、私になついてるからなんとなく安請け合いしてしまった、のだけども。
よくよく考えたらこの年で地元のお祭りに出るとか、ちょっと、というかかなり厳しいものがある。間違って同級生とかに出くわしたりしたら、どうしよ。そこまで考えてなかったよ。
知り合いには絶対会いたくない。サングラスしてくか? いやいや、逆に目立つよね。けど私目悪いし、昔から見つけるより先に見つけられる方だし、声かけられたら逃げるわけにもいかんし……。
「みっちゃん、はよー行こーよ!」
「うん……わかった」
気持ちを奮いたたせてテーブルの麦茶を一気に飲み干すと、浴衣姿でうっきうきなゆうちゃんと二人、蝉の鳴き声の静まった外に出た。そうだ、今日の主役は私じゃない。ゆうちゃんだ。そう思い直しながら道を歩く。あたたまったサンダルがちょっと気持ち悪い。
神社につくと、屋台がたくさん……というほどでもなく、ぽつりぽつりと間隔をあけて構えている。昔はもっと多かったと思うけど、景気が悪いせいなのか、両手で数えるほどしかない。盆踊りを踊る人たちもまばらで中央で太鼓をたたく人だけが目立ってる。
「ゆうちゃん、何食べる?」
「えっとねー、りんご飴でしょ? いかやきでしょ? 綿菓子でしょ?」
「おっいいねー。お店も少ないし、一個づつ回ろっか」
「うん!」
ゆうちゃんはかわいい。こんな子がいたら旦那と別れることはなかっただろうか?
……いや、それを考えるのはよそう。
「みっちゃん! やっぱりかき氷から食べる!」
「お、いいよ。でも全部まわらんといけんから小さいのにしようか」
「わかった! 僕レモンにする」
「じゃあお姉ちゃんは宇治金時にしようかな。分けっこしよう」
「いいよー♪ 注文してくる」
屋台の灯りに照らされたゆうちゃんの横顔を横目に財布を出したそのとき、
「せんぱい?」
「えっ?」
ふいにかけられた男性の声に、私は思わず振り返っていた。
「みちこ……先輩ですよね?」
「…………」
背の高いおにいさんが、ちょっと緊張した面持ちで確認するように聞いてくるが、誰だっけ、記憶にない。
「えーっと……」
「あ、俺っす、高校の時先輩の一個下だった進藤っす。バスケ部の」
えっと、ごめんなさい、覚えてません。私はバレー部で体育館は確かにバスケと半分づつ分けて使ってたけど、男バスは確か、私が二年の時にかっこいい後輩が――
「って進藤くん?! 覚えてるよー! 久しぶりー!! 元気してた?」
おっといかん! 思わず地が出てしまった。
っていうかよくよく考えたらはずかしいじゃん!
「変わらないですね。先輩は」
そう言ってフッと笑う彼を前に、自分が赤面するのがわかった。
「そ、そうかな」
「息子さんですか?」
「あ、いや、この子は姉ちゃんの子でね。ゆうちゃん、ご挨拶」
「こんにちは!」
「おっ! こんばんわ!」
進藤くんが答えたその時、彼の後ろから小さな女の子がもじもじしながら顔をのぞかせた。
「あ、こいつ兄貴の子なんすよ。涼音、ご挨拶は?」
「……こんばんわ」
ゆうちゃんより小さな女の子が進藤くんのうしろにしがみつきながら小声で言った。
「あいよ、レモンと宇治金時ね!」
あっ! お金払わなきゃ!
「すみません、俺も注文していいっすか? イチゴと……涼音、何がいい?」
「……ブルーハワイ」
はにかみながらもしっかり自己主張する子だな。
☆☆☆
四人で神社の石段に腰をおろし、かき氷をほおばる。
「けど進藤くん、私の名前覚えててくれたんだ。そんなに接点なかったよね?」
「だって先輩、俺らの中では有名だったんで」
「えっ? なんで?」
「うちの部の中では一番人気ありましたから」
「えっ? うそでしょ?」
「マジっすよ」
めちゃくちゃはずかしい……やっぱり来るんじゃなかった。
「と、ところで進藤くんは今何してるの?」
「俺っすか? 今は実家継いでます」
「そうなんだ」
「はい。高校卒業する前にオヤジが死んじまいまして」
「えっ?」
「みちこ先輩が東京の大学に出られた後なんすけど、うちのオヤジ、急に倒れちまって。本当は俺も大学行くつもりだったんすけど、そういう状況じゃなくなっちまって」
「そうだったんだ」
「まあ、もともと俺が家業を継ぐ予定だったからいいんですけどね」
さばさばと言いながら残りのかき氷をすする彼は、その口調とは裏腹に、年下とは思えない落ち着きと貫禄があった。きっとこの8年間でいろいろとあったのだろう。
「子供、欲しいんですよね」
「えっ?」
顔をあげた私に答えるように、彼はうしろに目をやった。二人の子供はあっという間に打ち解けたようで、石段の踊り場で仲良く遊んでいた。奥手な涼音ちゃんをゆうちゃんがしっかりリードしているのが微笑ましい。
「兄貴の子ですけど、めちゃくちゃかわいくてね。俺も子供欲しいなって思うんすよ。その前に結婚しないとですけど」
「お相手は?」
「いないっす。仕事ばっかりですし、男しかいない職場ですから」
「うそでしょ? 進藤くん、うちの学校で超人気あったじゃない?」
「そんなことないですよ。というか女の子と付き合う暇なかったですし。バスケでインターハイ狙ってたし、結局いけなかったですけど、引退したら受験勉強で、これも結局いけなかったし、いけてない奴ですから、俺」
自虐的な彼に私は思わず言った。
「そんなことないよ。そんなこと言っちゃダメだよ。進藤くん、あの頃よりずっと大人になってるし、かっこいいよ」
「え?」
「私もね、東京に出てからいろいろあって、実家に帰って来て、正直ここに来るの辛かったんだ。はずかしくて知り合いに顔向けできないって思ってた。本当は家から出たくなかった。進藤くんは私とは違うんだから、胸を張って生きなきゃダメだよ」
なんだこの自虐合戦は? と思いつつも、つい口に出してしまった。止められなかった。一歳差とはいえ先輩である私の、プライドを見せなければいけないと思ってしまったのだ。前途ある若者を正しい方向に導かなくては!
(決して下心はなかったのだ!)
「……先輩」
「……はい」
「……いつ頃戻ってきたんすか?」
「……二週間前、かな?」
「二週間、何してたんすか?」
「家事手伝い……かな?」
「…………」
「…………」
「ぷぷぷ……」
「笑うな!」
「いや無理ですよ! くくくっ」
「こら進藤」
「はははははっ!」
「笑うなーっ!!!」
「あの先輩が干物女って、マジうけるんですけどw」
「干物女いうなーっ!!!」
「ひぃーっ! はらいてー!」
進藤くんにさんざんバカにされた私は、とても悲しかった。
「ちょっと待って先輩、まだ行かないでw」
「ヤダ!」
「いや、笑ってごめんw お詫びに提案が」
「提案?」
「俺たち、付き合いましょうよ」
「はぁ? なんで?」
「先輩、ゆうちゃんのことかわいいでしょ?」
「それが何か?」
「本当はこんなお祭りなんか来たくなかったけど、ゆうちゃんのために無理して来たんでしょ?」
「…………」
「先輩も子供好きでしょ? ぜってー俺ら気が合うと思うし」
「サイテーな口説き文句ね!」
「そりゃそうですよ。だって先輩、俺のあこがれの人だったんですもん」
「え?」
「ずっと先輩のこと、好きだったですから。俺」
「…………」
「でなきゃ名前覚えてないですよ。8年も」
「……ダメなの」
「え?」
「……私、バツイチだし」
「そんなのかんけーねーし!」
「私が嫌なの! 私が気にするの!」
いつもプライドが邪魔をする。私の人生いつもそう。だけど自分の意志には抗えない。そんなダメな女なの。
「ねえ、みっちゃん、なんで泣いてるの?」
「ゆうちゃん?!」
しまった、この子にはずかしいところ見せちゃった!
「みっちゃん、僕ね、涼音ちゃんみたいな妹が欲しいなー」
「え?」
「涼音ちゃんもそうだって」
「そ、そう」
「別にいとこでも遠い親戚でもいいんだけどねー」
「…………」
「これ以上グダグダなの見てられないからお兄ちゃん何とかしてきてあげて、って言われちゃったー」
「おい!」
こんな最低なお祭りがきっかけになるとは世の中わからんもんです。プロポーズも最低だったけどねっ!
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