かわいい先輩の思い出
時刻は午後の10時、ベッドで寝息をたてるゆう先輩を前にして、僕は頭を抱えていた。
どうすればいいんだ……
電話でねえちゃんに相談して指示を仰ぐ、という考えも一瞬頭をよぎった。ゆう先輩がどういう人なのか、僕のことをどう思っているのか、ねえちゃんなら知ってる気がしたのだ。
だが、僕の罪の意識がそれを許さなかった。あの事がバレてしまっていたとはいえ、それを自分からカミングアウトすることは別の話だ。恐ろしくてとてもできそうになかった。
ゆう先輩は相変わらず気持ち良さそうに眠っている。いつのまにか僕の目は、彼女のスカートから伸びた足に釘付けになっていた。薄い黒ストッキングに包まれた魅惑的な曲線が、無防備にさらされている。
……冷静になって考えたら、足を舐めろと言ったのは先輩だ。ちょっとくらい触っても……いいよね?
そう思った僕は、彼女の太腿に手を当ててみた。
すりすり
すりすり
……
……いったい僕は何をしてるのか?
幸せそうに眠る先輩のかわいらしい表情に目を向けた僕は一人苦笑し、首を振った。そして、彼女の太腿を触った自分の手を匂ってみる。彼女の温もりは感じられたものの、割と無臭だった。
……まてまて、僕は変態か?! 考えていることとやってることが矛盾しているぞ!
そんなことに一人葛藤しながらも、状況は何も変わっていない。目の前には彼女のおいしそうな太腿が転がっている。
……ほおずりするくらいはいいよね?
完全に煩悩に負けてしまった僕は、先輩が眠っているのを再度確認すると、彼女の太腿にそっと顔を近づける。
すりすり
すりすり
……頭の中が、ぽわ〜んとした。
そのままゆう先輩の下半身の上に這い上がった僕は、二つの腿を両手で抱きかかえながらすりすりする。
すりすり
すりすり
ああ……なんというか……満たされた気持ちになる。この女を手に入れた気がして、歓びを感じる。このままずっとこうしていたい、そう思った時だった。
――ピロピロリン!
先輩の携帯の着信音が鳴って僕の心臓が止まりそうになった。
「んー、あ、あれ? あたし寝てた?」
ヤバい!
そう思って顔を上げた瞬間、先輩と目が合う。
「え……っと……いっちー君? ……今どういう状況なのかな?」
先輩が手をスカートに伸ばしながら言った。
「と、とりあえず携帯に出ましょうよ!」
バツが悪い僕は正座したまま、ぶすくれた表情で音の鳴るバッグを指さした。
「あ、そうだね。よっと……」
先輩がメガネをかけ直してバッグをあさる。僕は平静を装いながらも心臓はバクバクしていた。
そうとは知らない先輩は、スマホを取り出すと、確認して言った。
「あー自宅からだ。もしもし……うん、今日遅くなるから……はい……じゃあね」
電話を切ると、ゆう先輩はごめんごめんと謝りながらスマホをバッグにしまいこみ、
「で、なんだっけ?」
と僕に愛くるしい笑顔を向けてきた。なんだっけじゃないだろ、と一瞬思ったが、ひょっとするとここはチャンスかもしれない。どうやら先輩は僕とじゃれあってたことを嫌だとは思っていないようだ。ということは有無を言わせず一線を越えるチャンスかも!
そう考えた僕は、勝負に出た。
「先輩! 僕は先輩の事が――」
そう言って彼女に抱き着こうとした瞬間、
――ピロピロリン!
「あ、ごめん、また電話だわー」
彼女が再びバッグを探す間、正座のままでおあずけをくらう僕。いったい誰だよ! タイミングの悪いやつめ!
そう思った瞬間、スマホを確認した彼女が驚きの声をあげた。
「え……結城さん?!」
その男性の名前に僕は心当たりがあった。さっきまでいっしょに飲んでいた四年生の先輩だ。僕たちの席からは離れていたけど、長髪で小太りの風貌のインパクトが強かったのだ。
思い返すと、さっきのお店でもこっちの席をチラ見していた気がする。あの人とゆう先輩とはさすがに釣り合わないだろうな、と思ってたんだけど、電話を受けた彼女は、明らかに動揺していた。
「そんな……今さらそんなこと……」
そう言いながらも、声が震え、ひどくうろたえているように思える。
「それは……わかるけどさ……」
相手に対する言葉使いがタメ口なところが妙に気になる。
「……うん……うん」
やや涙目になりながらうなずいている。
「……もう……言わせないでよ……そんなこと……」
とうとう泣き出してしまった。
「……うん、わかった。いつものところで待ってるから」
そう答えて電話を切ったゆう先輩は、吹っ切れたかのように微笑むと、僕に目を向けてひどくうろたえた。
「あれ? あなた、なんでまだここにいるの?!」
えっ?
「悪いけどあたし、用事できちゃったから帰るね」
ゆう先輩は突然立ち上がると、バッグを持ってそのままそそくさと部屋を出て行った。
残された僕は、しばらくの間立ち上がることもできなかった。
そして……ホテル代も清算されていなかった……
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