その他

死に向かう声

「まず名前。それと年齢は?」

「山崎昌美 ……17才です」


 答えながらも、私は頭の中が真っ白だった。まさか警察署で取り調べを受けることになろうとは。


「では山崎さん。死ぬ直前の人の声がわかる、ということだけど、詳しく教えてほしい。昔からそうだったのかな?」

「ええと、最初は祖母の亡くなる間際でした」


 そう言って一呼吸おき、私は当時のことを話し始めた。


 あれは暑い夏の日の事だった。おばあちゃんの声がいつもと違うように感じたのは。なぜかくぐもって聞こえたの。最初は自分の耳を疑ったけど、ほかの音ははっきりと聞こえるし、きっとおばあちゃん、季節外れの風邪でもひいたのかなって思った。


 それから一週間後、おばあちゃんは車にはねられた。


 即死だった。


 その時の私の中では、おばあちゃんの声が変わったことと、おばあちゃんが死ぬことが結びついてはいなかった。優しかったおばあちゃんを失い、悲しみにくれていたから。


 気がついたのは、それから一週間たってからだった。


 テレビから、くぐもったあの声が聞こえたのだ。


 お昼になんとなく見ていたニュース番組のゲスト出演者の言葉が私の記憶を呼び覚ました。彼の声が耳に入ったとき、おばあちゃんの時と同じ違和感を抱いたのだ。


 おかしいとは思った。顔すら見たことのないコメンテーターなのだ。もちろん声を聴いたのも初めてで「いつもと違う」という比較すらしようがなかった。


 けど、私には確信があった。



 この人、死ぬ。



 そして一週間後、訃報記事の載った新聞を見て、私はかぶりを振った。


(何かの間違いに決まってる)



 だけど、決して偶然ではなかったのだ。


 3人目はラジオ番組の司会者だった。


「この人、いつもと声違くない?」


「そうかしら? よくわからないけど」


 異変にお母さんは気がついていなかった。昨日も一緒に聴いていたのに。私は明らかにおかしいとわかるのに。



 そしてやはり一週間後、彼が亡くなったことを知った。


 怖くなった私は、この秘密を自分の内に秘めたまま、高校生活を送っていた。


 人付き合いの悪い、部活も何もしない目立たない女子高生。


 運動は極力避けた。

 どんな理由にせよ、病院に行くのが怖かったから。


 だが、そうも言っていられない状況が起きた。



 私の周りみんなの声がおかしく聞こえるようになったのだ。



 クラスのみんなや先生だけじゃない。お父さんもお母さんも、近所の人もテレビからもだ。



 ☆☆☆



「じゃあ、この私の声もおかしいと感じるのかね? 死ぬと言うのかね?」


「……はい」


  私はうつむきながら、目の前の警察のお偉いさんに告げた。


「それで、君はなぜ東京から避難しろと?」


「テレビです。ローカル局の出演者からは、おかしな声が聞こえなかったから」


「それは例えば、どのあたりが境目なのかな?」


「確か、静岡とかそのあたりだったかと思います」


「神奈川はダメかな?」


「神奈川は、ダメだと思います」


 そう。私は東京を中心とした関東圏に、何かとんでもない事態が発生するのではないかと考えたのだ。みんなに逃げるように呼びかけたかったのだ。



 だからネット上に書き込んだの。


『1週間以内に関東圏は全滅する』


 幸いなことに私のメッセージに気付いてくれた人がいたようで、拡散された情報は多くの人の目に触れることになった。



 そして私は今、警察にいる。


 つまり愉快犯として逮捕されたのだ。


 まあ、そうだよね。身内だけで逃げればよかったのに。バカだね私。


 そう思ったときだった。


「君のほかにも同じことを言う人がいてね」


 ……え?


 警察のお偉いさんは続けた。


「政府の調査によると、あながち間違いではないようなんだよ。東京にミサイルが飛んでくる可能性があるらしい」


「じゃ、じゃあ……」


「いずれにせよ明日には結果が出るんだよね? もうすぐ政府から緊急避難命令が発令されるだろう。君も早く準備したほうがいい」


「え? 本当に? 信じてくれるの?」


「だから君だけじゃないんだよ。同じ能力を持つ者は。だけど今は説明する時間がない。すべては生き延びた後だ。早く逃げなさい」


 そのまま私は釈放された。


 そしてその後、空前絶後の緊急避難命令が発動され、関東圏から多くの人が丸一日かけて移動することになった。


「こんなことって……あるんだ」


 信じられなかった。政府による指示のもと、数千万人の大移動が滞りなく進み、関東圏は無人となったのだ。


 周囲の移動する人々の声からは、あの禍々しい死の影が消えていた。



 ☆☆☆



 翌日の朝。


 ――ドゴォオオオオン!


 轟音とともに関東圏一帯は焦土と化した。


 どこからか核ミサイルが撃ち込まれたのだ。


 母方の祖父の家に家族と共に避難していた私は、テレビで放送されている現実が信じられなかった。


 いつのまにか手が震えていた。


 何を何と表現すれば良いのかわからなかった。ただただ、死ぬのが恐ろしいと思った。


 と、そのとき携帯が鳴った。


「大至急今から来てほしい」


 あの警察のお偉いさんだった。


「同じ能力を持つ者と協力し、この大惨事を切り抜けるために力を貸してほしい」


 彼は言った。


 否応なく戦争状態に引き込まれてしまったこの国において、私のような危機察知能力を持つ人間は貴重なのだそうだ。確かに私と同じ力を持つ人間がいれば、次にどこが狙われるのか特定できる可能性が高い。だからこの国に襲い掛かる危険を察知し、国民が避難できるように、各地に赴任してほしい、そう告げられたのだ。


 そして私は同じ能力を持つ、と言われるメンバーと一堂に会し、指示を受けた。


「君たち7名はみんな、人の声で一週間以内の生死が判断できる能力者だ。明日から北海道、東北、中部、関西、中国、四国、九州に移動し、任務に当たっていただきたい」


 私を含め、集まった7名は男性4人、女性3人。全て民間人だったが、どうやら私が一番年下のようだ。


「あのーすみません。質問なんですけど、すでに僕らの赴任先は割り当てられてるんですかね?」


 背の高い30代の男性が手を挙げて言った。


「いや、まだ決めてない。今から君たちで相談して決定してほしい」


  責任者の答えを受けた彼は、


「了解っす。じゃあ俺は、あ、山城って言います。この際どこでもいいっちゃいいけど、できれば四国がいいかな。範囲狭いから楽そうだし」


「あーずるーい! こういうのはレディファーストでしょ!」


 メンバーの中の30代の女性が立ち上がって言った。かなり勝ち気そうな人だ。


「しょうがないですね。では女性で若い方から決めていく、ということでいかがでしょうか?」


  別の年配の男性がそう言って私を見た。


「え? 私ですか? 良いんですか? あ、私、山崎昌美といいます。17才です」


 そう答えた瞬間だった。みんなの顔色が変わったのだ。


「あ、あれ? どうしました?」


 私が聞くと、山城さんが聞き返してきた。


「えっと君……もう行く場所決めたの?」


「いえ、まだですけど」


 と、言ったと同時に、私はこの場の空気を変えたものが何なのかに気がついたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る