あなたの街のコンテスト ー 広島県
遠き日のノスタルジア - プロローグ
2016年10月29日
北京発、羽田行きのNH964便に乗る。もちろん出張。ビジネスで。
故郷が嫌いだった。早く逃げ出したかった。それだけを考えていた。
当然大学は県外。
同学年のかわいい女の子に聞かれた。
「広島って原爆落ちたんだよね? 今放射能ないの?」
「ねーよ!」
笑いながら言ったが、心は
故郷が嫌いだった。結局今は自分の国籍の中国、北京に住んでいる。
しかし北京が好きか、と言われると、これがまたそうでもない。むしろ大連や台北に住みたい、と思う。本当のことを言うと根っからの田舎者なのだ。だから、東京への出張にも心が躍ることはない。ビジネスだし、飯がうまいこと以外に特別な感情はなかった。
故郷が嫌いだった。生まれ育った町が嫌いだった。青春時代と呼べるかどうかわからないが、灰色のイメージしかなかった。閉鎖的で同じことを繰り返すこの町で一生暮らすことなど、想像できなかった。
考えが変わったのはやはり海外(と言ってしまうが)に住むようになってからだと思う。いや、もっと後だ。結婚して、子供が生まれてからだ。正直それまでの自分は、突っ張っていた。でも子供が生まれると、手続きやら何やらで実家に戻ることが多くなる。しょうがなくチケットを取り、故郷の駅に降り立つ。そこで感じた。
「あれ? こんな町だったか?」
いろんな所から外国語が聞こえる。アナウンスではなく、観光客のものだ。それも至って自然。まるでこの町に昔から住んでいるかのようだ。故郷に戻って来た自分の方がぎこちなさを感じた。6年ぶりに戻った故郷は思っていた以上に国際都市なのだった。青空が広がっていた。少なくとも自分の中の鉛色イメージは払しょくされた。(故郷を捨てた自分にそんなことを言う権利があるかどうかはさておき、だが)
ただ、そうかといって、特別に広島を美化する気もなかった。海外で暮らす以上、自分の中に何がしかの客観性が
とはいっても、自分の娘にまで同じ思いをさせるかどうかは別だ。中国国籍で日本育ちの自分と日本国籍で中国育ちの娘。場所を選ばせるつもりも、選べと言うつもりもない。ただ少なくともコンプレックスを感じないように生きてほしいとは思った。その気持ちだけで少し実家に近づこうと考え、夏に家族を連れて広島に帰った。
宮島に海水浴に行くと、娘はヒトデを欲しがった。
「なんでそんなものを?」
と思いながら探すが、無い時には無いもので、なかなか見つからない。
「すみませーん、このあたり、ヒトデ落ちてないですかね?」
監視員に尋ねると、彼は一生懸命探してくれて、一つ見つけてくれた。娘が喜ぶ。かっこいいお兄さんだった。その後は父親としても頑張って網で魚を取ったりイカを取ったりしたのだが、娘はやっぱりヒトデが一番好きだった。なんでだ?
飛行機が羽田に着いた。
「肉玉うどん、ダブルで」
夜、偶然見つけたお好み焼の店に入り、注文してテレビを見ると、日本シリーズ。そうだった。東京なのに店の中では至る所から広島弁が聞こえる。あやうく自分の脳内スイッチが地元モードに切り替わりそうになった。ま、いいか。そういえばお袋が言ってたな、鼻息荒くして
「今年はカープが優勝するけーね」
正直あまり期待していなかったが、本当に優勝してしまった。クライマックスシリーズも制し、ポストシーズンの最後までゲームしている。否が応でも前回の日本一を思い出してしまう(年がばれますな)。
自分は故郷が嫌いだった。昔の話だ。結局のところ、どれだけ嫌っても肉親と同じで、心では離れられないのだと悟った。そもそも広島の人間まで嫌いになったことはなかった。広島
なんてことを考えながらふと気がつくと、お好み焼が水のように体に吸い込まれていた。北京にも広島焼き(ここではあえてそう言いますが)の店はあったのだが、今年の夏に閉店してしまったため、この味に飢えていた自分はいつの間にか10秒チャージで体に取り込んでいた。
テレビに目をやると、丸選手がホームランを放った。
店内がどよめく。気が大きくなった自分が言った。
「肉玉そば、ダブルで」
「は……はい?」
しまった!! 昔のくせが出た……
「オコノミヤキハ、ドリンクジャネーゾ!」
そう言うかのように眼光鋭くこちらを睨む店主らしき姿。あか抜けない雰囲気が生粋の広島者を直感させる。今度は自分の脳裏に直接語りかけるおせっかいな声が聞こえた。
「キヲツケロ! ショウカンサレタノハハジメテカ? ココハオマエノジョウシキガツウヨウスルトコロジャ、ナイケ~ノ!」
この話が街コン用のものではなく、流行り系ラノベのプロローグであったことを、自分も今、知ったのだった(2020年夏、HTV系列でアニメ化予定)
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