【KAC4】とあるゴーストライターの流儀

「こんなイメージでしょうか?」


 私は話の要約を書き込んだ紙をテーブルに置くと、今回の著者である片桐代議士に見えやすいよう、向きを変えた。


 彼はそれを見てしばらく考えていたが、


「ここを強調する感じで」


 そう言って私から受け取ったペンで箇条書きの一文の最初に丸をつけた。



☆☆☆



 片桐代議士の事務所での打ち合わせが終わり、担当編集の吉田さんと外に出た私は、タバコが吸える場所を探す。


 ポケットから出した一本をくわえて火をつけ、煙を吐くと、先に一息ついていた吉田さんに聞かれた。


「片桐先生の話どうでした? ……といっても先方の事情で急遽時間短縮されちゃいましたもんね。なんかすみません。次回の日程、早めに固めます」


「よくあることですし、お気になさらず」


 笑顔で返したつもりだが、彼は心配そうに言った。


「まとまりそうですか?」


「なんとかやってみます。片桐先生もたたき台がないとイメージしにくいでしょうし、次回までにざっくりとしたものを準備しておきますね」


 そう答えてふーっと息を吐いた。ゴーストライターである私の仕事は、今日取材した内容から原稿を起こし、次の打ち合わせまでに片桐代議士の自叙伝をそれなりに具体化すること。だけど、とりあえず今は頭の中を空っぽにしたかった。


 そんな私の思いを無視するかのように、吉田さんが話を続ける。


「神崎さん、気になってたんですけど、なんで手書きなんですか?」


「はい?」


「メモとるならパソコンとかタブレットでいいじゃないですか。なんで『紙と鉛筆』なのかなって。シャーペンですらないし」


 新人編集者の彼――といってもIT業界からの転職組らしく30歳近いようだけど――は今回、前任者の仕事を引き継ぐ形で今日の打ち合わせに立ち会ってくれたのだが、私の取材スタイルに思うところがあったらしい。


 灰皿にタバコを押し付けてから、私は表情を変えずに答えた。


「これでも著者さんの話を引き出そうと工夫してるつもりなんですよ」


「え?」


「この仕事って、初めてお会いする著者さんと関係を作るところから始まると思うんですよね」


「それはまあ、そうですけど」


 言葉の真意がわからない吉田さんに、私はさらに回りくどい言い方をしてみた。


「できるだけ初回の打ち合わせで著者さんから話のポイントを引き出しておかないと、原稿としてまとまらないじゃないですか。論点が定まらない題材から無理矢理つまらない話を仕上げても、話をした当の本人から難色を示されるだけですし。そうなるとお互い手間と時間がかかってしまいますよね? 先方は間違いなくお忙しい方だし、何度も打ち合わせできるわけじゃない。極力時間を使わずに著者さんに納得していただける原稿を上げるためには最初が肝心なんです。できればそこで8割がた形にしたいと思っています。今回はダメでしたけど」


「そうですね」


「だから事前に準備しないといけないの。今回も吉田さんに用意していただきました片桐代議士の情報は全部目を通してきましたし、自分でもそれなりに調べてイメージしてました。ただその先入観を裏切られることもよくあります。実際にご本人に直接お会いして話を伺うと、意外なところにギャップを感じたりします。けど仮に悪いギャップだったとしてもそれを表情に出すわけにはいけないですよね。相手を立てないといけない。自尊心の高い著者さんの場合はなおさらですけど、気さくな方でも一流の方々は相手がどういった人間なのか、注意深く見てらっしゃいますから。私たちが一緒に仕事をするに値する相手かどうか、気を許せる人間かどうか、見られているわけですから」


「それはそうですけど、それと手書きと関係があるんですか?」


「今回は吉田さんがレコーダー回してくれてたじゃないですか。あれを聞き直せばいいから、そういった意味ではメモを取る必要はあまりないかもしれない。むしろ限りある時間内にできるだけ著者さんに気持ちよくしゃべってもらいたいわけですし。だけど著者さんだって話しながら考えをまとめる人もいるでしょ?」


「そうですね」


「聴いた話をどういう順番で構成するか決めるのは我々の仕事だけど、その中でも外せないポイントだと感じたところを箇条書きにして著者さんに『こういうイメージですか?』って確認したほうが間違いがないじゃないですか。で、それに対して修正点を書き込んでもらうんですが、そのためには、手書きの方がやりやすいんです。著者さんが文字入力に慣れている人ばかりとは限らないし、老眼で小さい文字が見えにくい人かもしれない。この仕事の場合、お年を召されている方も多いですし」


「ああ、なるほど」


「場合によっては簡単に絵を描いたりもします。そんなとき鉛筆の方が濃淡をつけやすいんですよ。シャーペンよりも」


「絵を描くんですか?」


「その方が互いに理解しやすかったり、ポイントとして外せない時はね。そんな感じで話を伺いながらネタの重要だと思うところをざっと紙に書いていくわけですが、走り書きになるからどうしても字が汚くなります。でもいいの。著者さんにお見せするのに『汚い字ですみません』って頭を下げる流れが自然にできるから。謙譲っていうか、著者さんをリスペクトしつつ距離感を縮めることが大事なんです。著者さんだって字に自信がないかもしれない。書き込むのに抵抗があるかもしれない。私は先に自分がハードルを下げることで、できるだけそういった著者さんのストレスを軽減して、この人とはやりやすいな、と思ってもらいたいんですよ」


「そんなこと考えてたんですか?」


「そうですよ。もちろん相手によりますし、無理強いは絶対しないですけど。で、書き込んでいただくときは、私の鉛筆を渡すんじゃなくて、書きやすい黒のボールペンをお渡しすることにしています」


「あ、それ気になったんですよ。なんでですか?」


「一つ目はやはり、著者さんへの敬意。二つ目は私が書いた内容とはっきりと区別するため。編集さんだと赤ペン使うでしょ? けど素人の方が赤ではっきりと書きこむのは心理的に抵抗があるみたいなんです。目の前の私に気を遣っていただいているところもあるんでしょうけど、専門家じゃない自分が偉そうに赤入れちゃっていいんだろうかって引け目を感じてらっしゃるのだと思います。謙虚すぎる人だと黒いペンでもためらう方もいらっしゃるので、その時は鉛筆を渡すの。もちろん仕事で書きなれている方にお渡しできるよう、赤ペンも準備してはいますけどね」


「へー」


「サインする機会が多い方の中には自分が書くためのペンにこだわりを持つ人もいらっしゃいます。それを他人にアピールされたい人も。そんな人に私から黒いペンを差し出そうとすれば、おのずと御自身のペンを取り出して書き込んでいただけます。でも赤ペンを押し付けちゃうとその辺りちょっとギクシャクするじゃないですか」


「そんなこともあるんですか?」


「著者さんはその道で一流の方ですから、何かにつけてこだわりを持ってらっしゃることが多いんです。そういった意向にできるだけ柔軟に沿える準備をしておかないと。私の仕事はあくまで著者さんの記憶や、考えをまとめるお手伝いをすることですから。それをはっきりと示しつつ、距離感を縮めつつ、できるだけストレスなくお話を引き出さないといけない。だからそれくらい気を使ってもいいんじゃないかなって思ってるんです」


「なるほど。勉強になります」


「もっと言うと、打ち合わせで一通り話が終わって録音を止めた後に美味しいネタが出ることが結構あるんですよ。自分の話が録音されていると思うと人間、どうしても身構えちゃうし、良いこと言わなくちゃ、って意識してしまうから。録音を止めてその意識から解放された後、ホッと一息ついたときの雑談で『実はさっきの話には裏があってね……』みたいなことを言われて、『その話いいじゃないですか! それ書いちゃってもいいですか?』ってもう一枚紙を取り出すことがあるんです。読者としては天才であるあなたの人間らしい一面も知りたいですからって言ってなんとか了承をもらうんですけど、それまでにしっかりと距離感を縮めておかないとそういったネタは引き出せないですしね」


「深いなー」


「そうやってできあがった資料を持ち帰って見返すと、私自身もやる気が湧いてくるんですよね。PCに打ち込んだメモとか見ながら録音データを聴くのって、こういっちゃなんですけど、自分のやる気を起こすのって案外大変なんです」


「あ、それもなんとなくわかります」


「本当は他にも意識していることはあるんだけど、そろそろ戻らないといけないから行きましょうか」


「はい、今度また教えてください」


「今後おいおいね。話せないこともあるけどね」


「いやいや、もったいぶらずに全部教えてくださいよ!」



 言えるわけないじゃないですか。こんな話をするのは吉田さん、あなたとの関係を作り、おいしい仕事をいただくためだなんて。おほほほ。






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