少女は今日も

枯葉

第1話

「フクロウさん、フクロウさん、どうかおしえてください」


誰も居ない部屋で一人、両手を胸の前で組んだ少女が膝をついている。

その様子はあたかも敬虔な信者の様にも見えるが、少女の祈る先にはフクロウのぬいぐるみが一つ。

フクロウと言えばよく叡智の象徴などとされるが、そのぬいぐるみは神々しさより寧ろ可愛らしさを身に纏っていた。

とどのつまりフクロウはただのぬいぐるみで、少女は何の変哲もないただの女の子であった。


「おかあさんとおとうさんはいつかえってきますか?」


舌足らずな声から受ける幼い印象とは裏腹に少女の表情は至って真剣である。

切実な問い掛けはか細く部屋に広がり、フクロウは何も答えずただそこに佇む。

やがて静けさに声が消え入った頃。


「っもう! おしえてよぉ!」


突然立ち上がった少女はぬいぐるみを鷲掴み、自身の肩の位置まで持ち上げた。力いっぱいに腹を掴まれたフクロウは少し苦しそうにも見える。だが、少女はそんなフクロウに追い打ちを掛ける様にぶんぶんと縦に揺さぶり始めた。


「ねぇってば、フクロウって……えっと、あたまがいい、んだっけ、たぶん。だからおしえてくれたっていいじゃない!」


少しあやふやな部分はあれど、少女はこれで両親の帰りが分かるとひらめきを得たのだ。しかし帰って来たものは沈黙のみ。「ぬいぐるみは喋らない」という当たり前の事を理解するには、少女はあまりにも幼すぎたのだ。


「ねぇ、ねぇって……なんでおしえてくれないの……」


次第に揺さぶる力が弱まり、止まる。

この子は頭が良いフクロウで、何でも教えてくれる筈。なのに今はただ静かに佇んでいる。その矛盾が理解できず頭の中が混乱してくる。

段々と少女の視界が滲んでいく。


「なんで……おかあさん……おとうさん……どこに、いったの……」


ひくりと嗚咽が漏れる頃には少女の大きな瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。

少女にとってこのフクロウは確信を持ったひらめきであり、そして何より最後の希望だった。それがこんな形で裏切られ、その事実に少女はただ涙を零す。もはや涙を拭う事すらかなわず、カーペットに次々と染みが広がる。


「どこ……なんでいないの……」


幼少時代を思い出してほしい。

ふと目が覚めて、ついさっきまでそこに居た筈の両親が消えていたら……どう思うだろうか。少女はまさにこの状況だった。起きてすぐは眠気もあり、かくれんぼかなぁ、なんて思う余裕もあったがそれも最初だけ。家中を探し終わった時、少女の表情は不安げに歪んでいた。


「おかあ、さん……ひっく……おとうさん……」


フクロウのぬいぐるみを片手に重い足取りでもう一度部屋を見て回る。

そのどの場所にも居ない事は分かっている。それでも少女は動かずにはいられなかった。

足を止めてしまえばもう二度と動けない気がした。


「……い、ないの、なんで……」


起きたらいつもお母さんとお父さんが居て、抱き付けば温かい抱擁を返してくれる。少女にとって両親とは心の底から安心できる居場所だった。

全ての部屋を回るのは最初より時間がかかった。いや、そうなったのは家に誰も居ないという事実を受け止めたくなかったが故なのかもしれない。

そのどちらにせよ部屋を回り終わり、少女は最後に玄関前に辿り着く。


「そとに、いるのかな」


視線を落とせば自分の靴がある。お母さんに買ってもらったばかりの、自分で選んだ可愛い靴。それに手を伸ばしかけ、すぐに頭を振る。外は危ないとよく言い聞かされた事を少女は覚えていた。

家の中には居ない。外に出てはいけない。

いよいよもってどうする事も無くなった少女は苛立ち半分、強がり半分に握り締めていたフクロウを扉に向かって投げ付ける。



――ガチャリ


金属の音は確かに少女の耳に届いた。次いでドアが開かれ、段々と愛しいお母さんの姿が見えてくる。

少女の目には全てがスローモーションに映った。


「ただい……わぁ、フクロウ? どうしたの?」

「おかあ、さん……おかあさんっ!」

「わぁっ! どうしたの、お父さんは?」


何よりも先に驚きで体が硬直していた少女だったが、声を掛けられた瞬間忘れていた喜びが全身を駆け巡り、衝動のままに母の体へと抱き付いた。

少女の母はこの状況に少々困惑気味だったが、エコバッグを傍に置いて少女を抱き上げる。家には夫が居た筈と考えながら訊くが、少女はそれどころではなく答えらしい答えは返ってこない。とにかくこの様子だと夫は外に出ていたのだろうと思い至り、内心溜め息をつき眉を下げる。


「ただいま、一人にしてごめんね、お母さんが悪かった」

「おかえりおかあさん! ううん、ひとりでもだいじょうぶだったよ!」

「そう、偉いね」


よしよしと頭を撫で一旦床に下ろし、ふと場違いなフクロウのぬいぐるみが視界に入る。少し砂で汚れてしまったそれを拾い上げ軽く叩いて汚れを取りながら少女に問いかける。


「これ、どうしたの?」

「あっフクロウさん!」


少女は片手でお母さんの肩をしっかりと掴みながら、もう片方の手をぬいぐるみへと伸ばす。粗方汚れが取れたのを確認し手渡すと、少女はそれを片手でぎゅっと抱き締めた。

少女にとって、投げたフクロウのぬいぐるみが丁度帰って来たお母さんにぶつかったのはただの偶然でも、はたまた奇跡でもなかった。

それは「フクロウさん」がお母さんの居場所を教えてくれたのだ、と。


「ありがとう、フクロウさん!」


お父さんが居なかった訳も、フクロウが頑なに喋らなかった訳も……何時間にも感じられた一人きりの時間が、実際には2、3時間程度だったという事も。

今の少女にはもうどうでも良い事なのである。

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少女は今日も 枯葉 @dry-leaves

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