第34話オレンジ色の匂い

日差しが傾いて黄昏の時刻となった頃。

オレンジ色の空が世界を決める。


砲撃だか爆撃だかで崩れ落ちたオレンジ色の街を見ている。

私はアン。


「今は寝ているんだろうか気絶しているんだろうか」


「寝ているんだと思うよ」


「Dのおばさん」


「病院じゃアンちゃんの隣のベッドでアリサが漫画描いているよ」

「あんたはヨレヨレのTシャツと擦り切れたジーパンで寝てる」

「夢でも気絶でもアンちゃんはライフルを持っているじゃないか」


「うん、そうだね」


カチ、ジャキ


初弾を薬室へ入れた。このライフルは知らない銃だ。


「風の匂い」


世界が存在する匂いとリアリティ、アンはまた居ない。


「こんなに世界はリアルなのに」

「私は居ないわ」

「空気を吸って細胞は死んでゆくのに」

「真実は偽物だというのこの感覚は」


銃声が近づいてきた。


パーーン


ペパーミント軍とカンガルー軍が交戦している。

廃墟の街での銃撃戦。十数名規模。


「ねえ、Dのおばさん」


パンパン


撃った。

右の壁の残骸から飛び出して来たペパーミント兵の頭部が吹き飛んだ。首から血液を吹き出しながら見えない向こうに倒れた。

オレンジ色の廃墟の中でなにしているんだろう。


「ねえ、Dのおばさん」

「アンは何かを書きたくなったの」


パン


「何を書くんだい」


ライフルを構えるアンの隣にDのおばさんが立っている。

背か小さくて黒いフードをかぶっているが誰にも見えないみたい。


「私の心ががいつまでも戦場にいるのには訳があるんだ」

「この体験はペンと言葉を待っている」

「まだアンは若いけど、強烈な経験をしたわ」

「人を殺した」


「アンちゃんだって殺されそうになったろ」


「なら殺してもいいの?」


パンパンパン


「!」


後ろから撃たれた。アンのお下げが砕けた。髪の毛の束が散乱した。


パンパンパン


「アンは民間人なのに戦争に加担したわ」

「戦争で人を殺しても罪に問われないのがおかしい」

「戦争を見ればわかるわ、人を殺しているだけよ」


「うん」


「ただの暴力よ、おばさん」


「うん」


「銃弾が飛んでくるのが怖いから引き金を引くのよ」


パンパン


「はあはあ」


ヒートトアップして汗をかきながら現場を駆け出した。

弾薬を再装填しながら駆ける。瓦礫の山を死体の道を走る。


「戦場と言えば格好が良い言葉に聞こえるけど」

「ただの殺人現場に過ぎないのよ」


「アンちゃんはそれが言いたいのかい」


「Dのおばさんなら知ってるはずだ」


「何をだい」


「血の契約よ」


「・・・・」


「Dのおばさん・・・どうする事も出来ないの?」






ここは・・・


「またあの現場ね」


また来たわ、赤い人工床と黄色い砂塵の世界。

ものすごい砂嵐がアンを中心に吹きつけている。


「来たわね・・・悪意ちゃん!」


来た、悪意が4つ。取り囲まれた。

私が持っているライフルがさっきと変わっている。

熱感知サーマルスコープレンズがついている。


「ええ、肉眼では見えないけど。砂嵐しか見えないけれど」


スコープを除くとはっきりと赤く人体の形が見える。悪意が憎悪を向けてくる。


「撃ちます!」


・・・・・・・


ビュゥゥゥウ!


アンの黒い前髪が跳ね上がった。さっきの戦闘でポニーがつぶれてしまった。つば帽子を被っていたのにどこかで落としたらしい。

さらさらと黒髪が解けてゆく。


「・・・・・」


こ、怖い・・・


悪意が待っている。この悪意は何が欲しいのだろう。

アンの命だろうか・・・


「ひとつ」


パン


ブシュゥ!


「!」


目の前に居るはずの一体を狙撃した。

出血の音とともに倒れたらしい。残りの三体の怒りが増大した。


「!」


「・・・撃ちます」


右と後ろの二体を次々と狙撃する。


パンパン


ブッシュアア!!


ドサ


「なにこれ!」


アンの両手が血で染まっている。馬鹿な返り血はこんなには・・・



ビッシ!


「ぐ・・・」


アンの右側頭部に鉛の弾が飛び込んできた。

頭蓋骨が割れて脳が飛び出した。激しい出血とともに。


Dのおばさん・・・何回繰り返せばいいの?


アンは必ず生還するの。


意識が遠ざかる。病院に帰ってきたのね。



「タングステンさん」

「もう消灯時間ですよ。漫画を描くのをやめてください」

「漫画道具を取り上げますよ」


「アリサちゃん・・・」


「アンさん今頃起きてど~するんですか」

「今から消灯ですよ」


「う・・・うん」


「アンさんもパジャマ着るんですよね」


「うん、アニィに買ってもらうの」


ドロ


「アンさん!!」


「え、あれ?」


「看護婦さ~~ん!ユウリィさんがあ!!」




その夜は病院中大騒ぎだった。

アンの頭から血液のかたまりが確認されたの。検査結果はアンの血液じゃなかった。動物の血らしい。


検査室から病室に帰って来た時はもう深夜の3時だった。



「4人部屋なのに狭いのね」

「隣のアリサちゃんがでかい女に見えるわ」


「アンさん何言ってんですか」

「アリサ知ってますよ」

「アンさんが戦争の世界へ意識ダイブしてるって」


「!」

「何で知ってるのアリサちゃん?」


「意識って感応するらしいですよ」


「か、官能?」


「ええ、そ~ですよアンさん」

「あなたそーとーやばい世界に片足突っ込んでますね」

「平和な時代になったのに」

「戦争から帰って来れないのには訳が有るみたいですね」


「ア、アリサちゃんて霊能力者だったの」


「アリサは霊能力者じゃないですよ」

「ただの漫画バカです」



すぐに朝になったの。

アニィが面会に来てパジャマを置いていった。

ピンクと水色の可愛いパジャマ。


「アンさんズルいです」

「アリサよりも可愛く目立とうなんて・・・」


アリサちゃんよりも目立っているらしい。

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