第35話ミハル・グレイマン
「ユウリィさん」
「悪を憎む心もまた、悪ですよ」
「神様はいつもあなたを見守っています」
「ルーンの神とともにあらんことを」
「ミハルさん」
「いつもありがとうございます」
一日おきに礼拝に来る修道女、ミハル・グレイマンに手を合わせる。目を閉じてお辞儀をするミハルさんは汚れを知らない天使のようね。
お姉さんのシナモン・グレイマンが後ろで待っている。
「アンさんて」
「ミハルさんに気に入られてる」
ミハルとシナモンが他の患者さんにお祈りをしに歩いてゆく。
「アリサちゃん」
「もう行ったわよ・・・漫画描いてたのよね」
「怪しくないですか?彼女」
「え?何が」
「証拠がないですからね」
「あ、アリサちゃんまさか」
「そのまさかですよアンさん」
「アンさんが入院してからルーンの修道女がこの病院に通いだした」
「アリサちゃんだって同じ頃入院したわ」
昨日の夜の出来事。
アンの頭に動物の血液が付着していた事件。
ネズミの血らしいと病院の人は言っていたけど。
アリサちゃんは生贄の儀式に使った動物の血だと言っていた。
ミハルさんが怪しいと言う。
ミハルさんみたいな心の綺麗な人がそんな事する訳ない。
今日も一日が終わり夕暮れの時刻。
この病棟は閉鎖だからよその人が入ってこれない。
でもルーン教の修道女は特別に入れる。
食堂へ向かい夕食を食べるつもり。
廊下の角で誰か椅子に座ってる。
「あなたは」
「え、何か」
「Dのおばさん!」
Dのおばさんがこの病院に居るなんて!
見た目は知らない老けたおばさんだけど、アンはこの人を知っている気がする。
いや知っている。
「誰だいそれは」
「あたしはトウミ」
「あんたの知っている人じゃないよ」
「残念だったね」
「・・・・・」
その場は黙って通り過ぎたわ。
でも彼女がDのおばさんだ。本能が教えてくれてる。
今度あっちでDのおばさんにあったら聞かなきゃ、現実で会ったねって。
ルーン寺院。アンの入院している病院から数キロ近くに有る。
ぽつぽつと住居が立ち並び質素な町並みの中。
夜になって参拝者がいなくなった。静かにロウソクの灯りが揺れる。
司祭は数年前に病で亡くなった。
シナモンとミハルが祭壇にお祈りをしている。
シナモンは背が高くて細身の身体。黒髪が長くて綺麗に手入れがしてある。
ミハルは背が低くて小さい身体。短い黒髪。鼻が低くてアンと顔が似ている。
「ミハル、今朝がた病院の関係者が寺院に来ました」
「あのことで一度この寺院を調べたいと言っています」
「警察も来るかもしれません」
「シナモン姉者、ミハルがしてきたことは」
「ええ、ミハル」
「あなたが考えている事は確かに分かります」
「しかしあの方には何も責任がないのですよ」
「でも」
ユラユラと燃えるロウソクの火を見つめながらミハルは考える。
アンにしてきた呪いの儀式が彼女を苦しめて来た。
「アンさんにいつか告白しなければならないと思っていましたが」
「警察が来る前に彼女に伝えておきたかった」
「ミハル」
「あの方はあなたを許してくれるでしょう」
「慈悲を持った人ですから」
「だからあなたは許しを乞わなければならない」
「誠実とはどういうことかをあの方に教えてもらうのです」
「姉者」
アンはアニィに揃えてもらった筆記用具で何かを書くの。
でも何書けばいいのかな。
ベッドの隣の机で思案中。隣のベッドのアリサちゃんが何か言いたそう。
カリカリカリ
「アンさん」
「今日の昼に食べた乙女焼きを書くんです」
「へ?」
「乙女焼きの味のことを書くの」
「そ~ですよ」
「どんな形をしていたのかどんな食感かどんな後味か」
「思い出して書いてみるんです」
「回想録ですね」
「アリサちゃんて」
「先生なのね」
「アリサ画伯」
「画伯?」
「アンちゃん何してんだい」
向かいのベッドのお姉さんが話しかけてきた。
「うんアリサちゃんが何か書けって」
「ミツルギさん」
「アリサが命令したんじゃないですよ~」
ジリジリジリジリ!!
プッシャアア!
ザアアアアア!
「きゃーー!」
「なにこれえ!!」
「アンさんが変なこと言うからですよお!」
「火事じゃないのに何で火災消火装置が発動してるの?」
その夜、アンたちは水でビッショリになりながら警察の説明を聞いた。
やっぱりアリサちゃんが睨んだ通りあの修道女がアンに呪いをかけていた。
ただし、現行のトンナム国には呪いを罰する法律がないから。
お互いの示談で済ませるようにとの裁判所からのお達しらしい。
アンは裁判をしませんと言った。
次の日の朝にミハル・グレイマンが病院に来てアンに謝罪した。
アンはすぐに許したけどミハルさんは許して欲しいとしつこいの。
だからアンはお願いした。
「アンは何かを書きたいのよミハルさん」
「はい」
「だからアンにもっと過去への旅を重ねさせて」
「病気を克服出来るように」
「そして何かを見つけたい」
「戦争が欲しがっている何かを」
「・・・・・」
「あなたには分かります」
「戦争が欲しがっているものが何かを」
「多分一生をかけて探してゆくでしょう」
アリサちゃんが信じられないと言って退院したアンの家までついてきた。
彼女は外出で。
アンは数日後に退院したけど。アリサちゃんはもう少し先みたい。
アンを漫画の主人公にしたいと言い出した。
アンのスケッチが始まったのよ。
一日中アリサちゃんの絵のモデルになった日もある。
「アリサちゃん」
「ちょっとトイレに行かせて」
「ダメですアンさん」
「トイレはアンさんを汚く見積もってしまいます」
「何言ってるのこの子は?」
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