第26話アンの頬

チョモル村落は初夏の陽射し。

背中を伝う汗が心地よい季節が訪れました。


今日は、アンが会社をお休みして。

アニィの授業をお手伝いします。

学校の裏山で自然体験学習。

山猿のアンには誰よりも詳しい教師役が務まります。

最初、アンに頼まれてアニィはびっくりしましたが。

校長先生にお願いしたら、アンに。

自然の素晴らしさを教える、専門教師に成って下さい。

と逆にお願いされてしいました。


アン「でも私は学歴がありませんから」


アンは丁寧にお断りしました。

今日は快晴。

朝はじめの授業、クラスの皆で。

虫あみと虫かごを持って山の麓で集合します。

アニィは車椅子を男子数人に押してもらいます。

一番先頭でアンがはしゃいでいます。


アン「いいですか?皆さん!」

  「これから私が、ジャングルでの生存方法を教えます」

  「野性の恐ろしさを嫌というほど体験して下さいね」


男子A「アン先生!」

   「ここはジャングルじゃありません、森ですよ?」


アン「森もジャングルと同じ部族です、差別はいけませんよ?」


アニィ「アン!嘘を教えちゃいかんぞ!」


アン「てへへへ、ごめんねえ?」


皆で一列に並んで森へ入っていきます。

アンがまたはしゃいでます。


アン「良いですか皆さん!」

  「ジャングルではいつも食料を探さなければいけません!」

  「例えば、ここ!」

  「ここにイモせっちゅう虫が居ます」


ひょい・・・・


アン「生き物は食料になります!」

  「あーーん」

  「もぐもぐもぐ」


男子B「む、虫カゴ・・・・」


虫かごを差し出して、信じられないような顔をしています。


アン「うん・・・結構おいしいですよっ?」


クラス全員「うわー・・・・」


アニィ「アン!ここは軍隊じゃないぞおっ!!」


アニィ「てへへへ・・・ごめんねえ?」


更に奥へと進みます。


アン「良いですか?イキナリ敵と遭遇するのが戦場です」

 「例えば、あの茂みの中に何かが・・・・・」


ガサガサガサッ!!


アン「ひぃっ!!」


クラス全員「アン先生!!」


ガサガサガサガサガサッ!!


アン「うぎゃあああああっ!!」


アンがものすごい勢いで山を降りて走って逃げて行きました。


アニィ「・・・・・・・」


アニィには判っていました。アンがどうしてしまったのか。


女子A「先生、アン先生はど~しちゃったの?」


アニィ「うん・・・・・」


午後、仕事を終えてアニィは一人で帰宅しました。


アニィ「アン・・・やっぱりここにいたか」


アンが自分用の化粧台の前で毛布をかぶって座っています。

床に座って下を向いて。


アン「・・・・・・・・」


アニィは知っていたようです。

アンがいつかはこうなることを。


アニィ「アン・・・何か食べないと」


アン「・・・・・・」


アニィ「・・・・・・」


アニィは初めから知っています。幼児の頃から。

アンがどんな女の子なのかを。

純粋で真っ直ぐな心は、今も失われていません。

つまりそれは、困難な人生を送る理由に成ってしまうことも。


次の朝。

アニィがアンを連れて病院に受診します。

精神医療を担当する医師にかかります。

アンが診察を受けていますが。アニィはもう覚悟が出来ています。


アニィ「・・・・・・」


アン「うぎゃああああ!!!」


アニィ「!」


問診の最中にアンがもの凄い絶叫をしだしました。


アン「そ~です!私は人殺しです!!」

  「私は毎日毎日!勤勉に人を殺しましたあ!!」

  「私の正体は人殺しなんですううっ!!」


大絶叫のアンの叫びが病院に居るすべての人の耳に響きます。

こんな小さな女の娘がこんなに大きな声を出せるのでしょうか。

すぐにアンは鎮静剤の注射を打たれました。

アニィはアンが入院する手続きをします。


アニイは主治医と面談します。


医者「奥様は一人で精神的苦痛を抱え、隠して居たようです」

  「いえ、誰にも言えなかったのでしょう」

  「ご主人にも・・・」


アニィ「はい、アンは苦労しか知らない女です」

  「自分の事を犠牲にするのが美徳に成るのは」

  「あの娘のせいじゃないんです」


医者「ご主人、私にはどうしても信じられないのです」

 「奥様がたった一人で、あの戦場を生き抜いた事実が」

 「あんなに聡明で純粋な女性が戦争をすることが」


アニィ「・・・・・・・・・」


何も言えません。アニィも戦場に居たからです。

アンは本当に一人きりで生き抜いた。

普通はありえないはずです。


医者「ご主人、良いですか?」

  「今はもう戦争は終わりました、ですが」

  「彼女の心の中では、まだ戦争は終わっていません」

  「彼女は今でもたった一人で戦場に居るのです」


アニィ「!」


医者は気を使って、たばこを吸いに行くと言い部屋を出ました。

その日は夜中までアニイは病院に居ました。



アンの家に長い冬が訪れました。

外の世界では春が終わり、夏が始まります。

かつて、アンが元気に駆けまわったチョモル村は。

今は平和な匂いがします。日差しが強くなってきました。

近所の子供が数人で、川に住むネコカニを採っています。




第7章終わり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る