第3話戦火を逃れて
南部歴0085年、カンガルー共和国とペパーミント連邦は。
政治的和平交渉が決裂、軍事戦争が勃発しました。
アンの住む村に軍の施設や軍事工場はありません。
遠くの山にSAM(サム)地対空ミサイルの基地があるくらいです。空爆はおそらくそれを叩いたのでしょう。
でもこのチョモル村も敵軍ペパーミント連邦の地上部隊の進撃ルートに入っている筈です。役場の日曜講習で聞いたのをアンは思い出しました。
アン「ここに居たら死ぬ」
アニィとの、もしかしたら最後の別れ最初のキスからまだ夜が明けていません。母親が待っているであろう北のシェルターは危ない。
さっき別れ際にアニィはそう言っていました。
アン「敵のペパーミント連邦は私の村の東側にあるんだから。とにかく西へ逃げれば良いのよね」
「でも地図で見たけど、必ずチョコン河を渡らないといけないの」
「わりと近くにあるみたい」
「鉄橋の橋があるけど。娘の私独りでは・・・」
「もう味方のカンガルー軍が抑えている筈だし」
「私は女の子なのよね、しかもこんな時間」
「うーん、危険と判断した方が良いんじゃないかな?」
「・・・なら渡河(とか)?」
「泳いで渡るの?」
「こんな夜中に?」
「ジョーダン!」
小舟でもかっぱらって。うん、そうしよう!
アン「私、アンは夜に紛れるのよ!」
考えているうちにもアンは徒歩で西へと黙々と向かってゆきます。田舎の誰も居ないあぜ道とか田んぼ道。
アン「日が昇る前の方が安全だと思うわ」
懐中電灯(ペン型マグライト)で目の前がかすかに明るく照らされています。それがかすかな希望に見えてきました。
背中のリュックには数日分の携帯食料と水筒、応急処置の救急用具。替えの下着が詰め込んであります。数日は事足りる筈。
半袖ポロシャツにスリムジーンズ。白色のスニーカー。
真っ白だったスニーカーは、もう白くありません。
黄ばんで擦り切れてボロボロ。
でも、お父さんからもらった大切なバースデープレゼントです。
簡単には捨てられません。
アン「何年前だっけ?」
もう、大きく成長をし続けるアンの足のサイズには合いません。
くつずれが痛い・・・
アン「ぜえっぜえっ!」
少し駆け足で走ったので息切れ中・・・
アン「あのコンクリート工場の向こうがチョコン河なのね」
「ひとけが無いのを伺ってボートをかすめとるのよっ」
「私ってイカスっ」
「はあっはあっ」
アン「ゲッ」
真っ暗、ひとけが無いどころか風も止んで虫の鳴き声もしない。
漆黒の闇、まるでこの世じゃないみたい。
こ、怖い、怖いよー・・・
アン「い、命が大切なのよ」
ぶるぶるぶるっ
アン「む、無人のボートって素敵よねー。乗ってくれって言ってるみたい」
「エンジンはタブーなのよ、うるさいもん」
「オールよオール!」
「無いなら棒きれでも使えばいいわ」
「文明に対抗できるのは原始人なのよきっと」
小舟の強奪に成功したアンは、付いている船外機は使わず棒きれをこいで、渡河にチャレンジ開始。
バシャバシャッ・・・ギッコンバッタン
河の真ん中辺りで船内に水が漏れてきました。
どんどん水が溜まっていく・・・
アン「ゲゲゲっ」
掻き出してももう遅いわね。ネクスト・ステージよ、アン!
キョロキョロ・・・
アン「!」
「あの流木に捕まればっ」
「ええい、時間はないわ。ままよ!」」
ザッブーン!
バシャバシャバシャ
下流に向かって流れている大きな流木に何とかへばりついた時。
向こう岸を見るアン。夜中でも明かりがついている。
アン「私の村より都会なんだ・・・」
初めて辺り一面を見渡すアン。遠く北東の方角が赤くライトアップされている。
アン「戦火・・・あれが・・・」
アン「!」
気がつかなかった。死体が何体か流木みたいに流されている。手足がもげて胴体だけになってる死体や、首のない死体。兵隊さんかな?
アン「ひいっ」
田舎育ちで目の良いアンには、産まれて初めて見るその残酷な光景にとても心が耐えられないでいます。
そういえば河の水が血の味がしたような・・・
アン「おえー」
大きな流木に必死でしがみついているアンは、ガタガタと震えてもう泣き出しそうです。
いくらまだ暖かいとはいえ、体温を奪われて歯がガチガチと音を立てています。
アン「お母さーん!」
やっとの思いで反対側の岸にたどり着いた時。防水の腕時計を見ると、まだ1時間も経っていません。低下した体温を温めなければいけません。着ている洋服を全部脱ぎだします。
アン「暖かくしてじっとしている事」
学校で習ったの。濡れた洋服は身体から熱を奪うって。
アン「まだ夜だ・・・」
こんな時間にこんな所で全裸になっても誰も見てないと思うけど。
アンは南側にある鉄橋で幾つもの明かりが、やけに騒がしく動いていることが気になっていた。
アン「こんな時間でも人を殺すの?」
「ああ、そうか。学校の図書室で読んだわ」
「空挺師団の夜間強襲て言うヤツなのよきっと」
「輸送機から敵の陣地にパラシュート降下して」
「びっくりぐうのネも出なくさせるのよきっと!」
アンは独り言をつぶやきながら全裸のまま、そばに散らかっているダンボール生地を体にくるんで、横になりました。
洋服が乾くまで少し眠ろう。
ウトウトして戦火の明かりを見つめながら眠りに入っていきました。
第一章終了
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