第4話職業軍人

第二章


 それから半年ほど後。

アンが渡河に成功したチョコン河から百キロほど西。

小都市チョモイヤ・シティから、アンとは別の人物の視点でお話は始まります。

季節は春が終わり初夏。背中を伝う汗の雫が気持ち良い頃なんですよ、この頃って。



キム「私はキム・ベクトル軍曹」

 「カンガルー共和国軍の第99歩兵師団第3大隊に所属する」


今回の戦争が開戦して半年が経つが、我が軍が不利なのは明白である。私の部下の士気にも影響が出ている。

職業軍人とは因果な商売だ。自分の部下に「死ね」と命令するのだぞ?狂っている商売だこの職業は。死にたくなる。

私が今居る所は前線に間違いない。

この小都市チョモイヤ・シティに敵勢力が居ないか、哨戒任務に就いているところだ。

分隊の部下を使って、前方数キロの安全を確認している。

が、ここが危険地帯なのは変わりはない。

街のメインストリートではないが大通りの雑居ビル街に部下を均等に配置。敵勢力地域の仮想される方向へ向かって哨戒だ。

もちろん今この小都市はゴーストタウン。

機甲部隊の支援が無いのが心細い。航空支援が到着するのにも時間がかかるし。もっと大部隊を分けてくれても良いのに!

ここは戦略目標ではないからか・・・


キム「文明を否定する職業なんて・・・」


部下A「何か言いましたか軍曹」


キム「いや何でもないさ、俺は無責任な男だよ」


部下A「またまた・・・」


私の隣にいるこの部下は本気にしなかったようだ。

だいたい前回の作戦、チョモイヤ・ヤンマ高地の攻略にしても。

軍上層部は我々一般兵を何だと思っているんだ!

人間様の命は消耗品ではないぞ。


キム「いかんいかん、仕事だ」


軍曹は前方に居る部下数名に目配せ手振りで合図を送ります。


キム「貴様ら、その隣にある交差点の向こうを、ビル伝いに調べろ!イケイケ!」


即座にその部下たちが早足で命令を実行。


3秒後、ふいに。

私が立っている通りの左の雑居ビルの玄関から女の叫び声が聞こえた。女の娘の声だ。


女「♯△∉◎●≒!!」


いや、私の国の言語じゃない。この少女は何故独りでこんな危険な区域に居るのだ。何かを私に向かって必死に叫んでいる。


キム「おい女っ!何故・・・」


その刹那。


ヒュンッ


ビシィッ!


キム「!」

  「スナイプッ!」


弾丸が私の頬をかすめる。

この少女に呼び止められていなかったら、私は今の一撃射で死んでいた。すかさず私の身体はよろけてしまう。部下は?


ヒューンッ


ズダダーンッ!!


大砲の榴弾砲撃。私の至近距離で着弾・炸裂した。


キム「ゲフッ」


爆風で後ろに飛ばされる。どうやら私の身体は致命傷を負ったようだ。身体が動かない。右手にライフルは持っているのだが・・・

戦車が居たのか。銃声と榴弾の炸裂音が聞こえる。


キム「何てうかつな・・・」


敵の待ち伏せだ。か、身体が言う事を聞かない・・・

その時、黒い影が私の目の前に覆いかぶさり。もの凄い力で私の身体はどこかへ引きずり込まれた。



・・・意識が遠のいてゆく・・・




キム「う・・」


どれくらい気を失っていただろう?

おそらくほんの数分だと思うが。

目を開くと、私の身体は仰向けに横わっている。身体が動かない。


キム「うう・・」


内蔵をやられたようだ。

多分私が吹っ飛ばされた所、雑居ビルの中の部屋の中に居るのだろう。昼間なのに室内が暗い。


キム「!」


さっきの少女が私の左手を力強く握りしめて私に語りかけている。言葉が分からないが、慰めてくれているのだろう。


キム「・・・」


口を開こうとしても声が出ない。

まだ私の右肩にはライフルが掲げられている。

この少女は私の左手を握りしめながらしきりに、うんうんとうなずいている。目には大粒の涙があふれている。


キム(私の為に泣いて下さるのですか?)


少女「しいーっ!」


やぱり待ち伏せだったのだ。敵の部隊がこの地区をくまなく掃討している。外から声と車両の振動。

こいつらがハートビート・センサーを装備していない事を祈るのみだ。私の部隊はおそらく全滅か敗走だろう。


キム(この子が私の人生の最後をみとってくれるのか)


いま気がついたがこの娘の顔や手が血まみれだ。私の血で汚れてしまったのだろう。娘はまだ十代のどこにでも居る素朴な田舎育ちの少女。

私の血に濡れていても黒い綺麗なポニーテールの髪と、可愛らしい目鼻立ち。まだ成熟しきっていない身体は、この娘一人だけの力でこの残酷な時代を生き抜くのは無理だと主張している。

両手から伝わってくる。体がガタガタ震えるほど怖いのに。この娘は見ず知らずの私の命を助けてくれたのだ。


キム(なんて女の子だこの子は・・・)


何年ぶりだろう・・・キム・ベクトル軍曹の両目から涙が溢れ出しました。


キム(神様!私の人生の中で私はあなたに感謝した事など一度もございませんが。私が間違っていました)

  (今、一人の女神さまが、私を救って下さいました)

  (ああだから、どうか神様)

  (私に最後の仕事をお与え下さい)

  (この女性を守らせて下さい・・・)


キム「・・・・」


キム・ベクトル軍曹は最後の力を振り絞って。右手に持っているアサルトライフルを彼女に手渡そうとします。


キム(重い、なんて重さだ。百キロくらいあるようだ)

  (今まで片手で軽々と取り扱ってきた、殺してきた)

  (自分の分身とも言えるこのライフルが重すぎて動かせない)


私の意図を察してか、彼女がライフルを受け取ってくれた。

女の子らしく、両手に抱きかかえて。


キム(大粒の涙を拭わない・・・この少女はなんと強い子なのだ)


私の血で化粧された少女は、もう私が息を引き取るのを察したようだ。私の右手を両手で強く握ってきた。


キム(お嬢さん、私があなたの目になります。私があなたの両腕になります。私があなたのナイトになります。どうか私を許して下さい・・・)


キム軍曹は自分の思考電波で彼女に伝えたかったが、やはり無理だろう。そう思いました。

自分の家族ではないが、ひとりの少女に看取られて死ぬ。

なんて幸せものなのだろう。キム軍曹はそう思いました。


キム「・・・・・」


ゆっくりと目を閉じて、安らかな眠りについたように見える。

キム・ベクトル軍曹のその死に顔は。

優しすぎるアンには更に号泣させる原因になりました。

アンは彼の死体に抱きついて声を殺して泣き崩れました。



第二章終了



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