第2話辛い日常とキナ臭い非日常
アンは初勤務から3週間。無遅刻無欠勤で真面目に働きました。ミシンの扱いもすぐに覚えました。
アンは飛び抜けて適応性・順応性が高い女の子です。
その才能をアンの普通の女の子らしさが隠してくれています。
そのわずかな間にカンガルー共和国とペパーミント連邦の戦争が開戦され。敵の国に近いアンの住む地方は疎開する人が現れだしました。
アンはここ数日、
アン「何かおかしい」
と感じていました。社長や上司、先輩のおばちゃんたちが、なんだかそわそわしているんです。
いつもの様にお母さんの自転車で会社に着くと。すぐに異変に気がつきました。
会社のトラックとかフォークリフト。倉庫に積んであった商品。
金目のモノがいっさいがっさい無くなっているんです。
今は朝8時、操業開始時間なのに誰も居ません。
アン「やられた・・・」
アンは先行する絶望感に、立っていられないほどめまいがして来ました。
近くの足元に転がってる大きめの石で。目の前にあるプレハブ小屋の窓を叩き割ります。
無造作に積んであるパレットを運んで重ね置き。足場を作って窓から侵入します。
セキュリティ・システムは作動しません。
ガッタン・ピッシャン!
鼻息をフンフン言わせながら社内を物色するアン。
アン「やられた・・・」
テーブルとかロッカーとかカネに成らないものばかりあって。
ミシンや洋服の生地など、カネに成るものはひとつも無い。
当然商品もひとつもありません。
アン「初勤務がタダ働きかよ・・・」
絶望と無力感がアンにのしかかります。
ズーン・・・
アン「今日はスカートじゃなくて良かった」
何をトチ狂ってるの私は?と場違いなことを考えた自分がおかしくて、少し笑えてしまった。
手土産になりそうなパイプイスをひとつ、左手に抱えて。
自転車をこいで帰宅します。まだ午前中です。
アン「お母さんになんて言おうか」
「あたしのタイムカードも無くなってるんだもん・・・」
帰宅する途中アニィ兄さんに出会いました。ずいぶん久しぶりに会った気がします。
アン「アニィ・・・」
アニィは今、大学生です。でも軍に入ると言っていました。
アニィ「やあアン。今帰りかい」
「夜勤明けかい?」
アン「あのね違うの、会社が潰れたの」
アニィ「へ?」
アン「会社が夜逃げしたの・・・」
アンはもう泣き出しそうなくらい目尻に涙がたまってきました。
アニィ「だからあきらめて帰ってきたのかいアン」
アン「うん」
アンはうつ向いて顔を隠しています。アンの頭の天使のリングの上に右手を優しく乗せて。アンの頭を撫でながらアニィは言います。
アニィ「アン、いいかい?」
「君のその優しさがいつか、いやいつも」
「君を守ってくれるよ」
「それが君の強さだからね?」
アン「アニィッ!」
アンは左手に抱えたパイプイスと右手に持った自転車のハンドルを。そこにほかし投げて、アニィに抱きつきます。
大声を上げて泣きじゃくっています。
アンとアニィは幼馴染ですが。はたから見ると、まるで出来の良い兄弟のようです。
家に帰り、今朝のことを(アニィに出会った以外のことを)母親に細かく説明しました。
母「あなたは何一つ悪くありませんよ?」
アン「うん・・・」
それから幾く日過ぎたのでしょう。
まだアンの心の傷も癒えない夜のことです。
ウー!ウー!ウー!
突然けたたましく警報のサイレンが村中に鳴り響きました。
びっくりしてアンは飛び起きます。
母「アーン!」
「アーンッ」
母親が大声で呼んでいます。
アン「お母さーんっ」
母「アンッ」
「空爆の警報よ!」
「いつもの訓練どうりに北のシェルターに逃げるのよ」
「私の手を離してはダメよ、アン!」
アン「はいっ」
リュックサックを背負ったふたつの影が家から飛び出した時には。もう村の自然の草木は燃え出していました。
同じようにシェルターに向かって逃げる人たちの中を、母親とアンは必死で走りました。
アン「きゃっ」
アンが道の石ころにつまずいて転びました。痛いなんて感じている時ではありません。でも、もう母親とはぐれてしまいました。
アン「お母さーんっ!」
「・・・・・・・」
ど、ど、ど、どうしよう。
アン「いたたた」
?「アン!」
アン「え?」
?「アーンッ」
何、このもすごく懐かしい声は、私を呼ぶの?誰なの?
?「ここかアン!」
アン「アニィッ」
アンは体ごとアニィに抱き起こされました。そしてすぐさま近くの農家の納屋に連れ込まれました。
アン「アニィ・・・」
アンはドキドキし始めました。
アニィ「もう今が最後の機会だから、ここで話すよ」
アン「へ?」
アニィ「僕は軍に入ると言ったよね?」
アン「うん」
アニィ「本当は明日なんだけど、もう行かなきゃいけないんだ」
アン「えーッ!?」
アニィ「だから君に言っておくべきことがあります」
「笑わないで聞いてください」
アン「うん・・・」
アニィ「アン・ユウリィに命令します」
「今からちょうど3年の間、3年後までに幸せに成りなさい」
「3年後に再開した時、その時に幸せに成っていなければ」
「あなたにバツを与えます」
「あなたを誘拐して僕の妻にし、死ぬまであなたを守ります」
アンの目は大きく見開き、大粒の涙で洪水が起こる直前になっています。ダムが決壊する。
アン「いや・・・」
アニィ「え?」
アン「いやです」
「そんな命令には従えません。3年も待ち続けるなんて無理です」
「私は幸せになんて成りたくありません」
「アニィ、どうかこんな悪い子の私に」
「今すぐバツを与えてください!」
言い終わる直前に、アンの両腕がアニィの首の後ろに巻き付き。
アンはアニィの唇を奪っていた。アニィは目をパチクリしてビックリしている。
もう幸せそうに目を閉じたアンの両目からは、大量の涙がとめどなく頬を流れています。
村の遠くで空爆の爆撃音と警報のサイレン。納屋の近くでは、
自然の草木がパチパチと音を立てて燃えています。
まるで夜じゃないくらいけたたましい。
でも今、二人は幸せです・・・
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