第14話 束の間の平穏

「優さーん、リモコン取ってー」

 こたつに入ったスウェット姿の星乃は、こたつの天板の逆側にあるリモコンを取る様に田上に指示する。


「それくらい自分で取れ……」

 田上はみかんをむきながら答えた。


 星乃はもぞもぞとこたつから出ると、リモコンを取ってテレビのチャンネルを変えた。


「お前が入り浸る様になって、もう……半年くらいか? 真矢はまだ、お前を彼女だと思ってるのか?」


「さあ。わかんない。ビジネスパートナーみたいな?」


 星乃は本名を名乗った日から、田上の家に週2、3日出入りする様になった。田上は昼に休息し、夜にだけ〝ユウ〟となって戦う。

 星乃も昼に休息し、夜に〝麗華〟となって働く。最近、闇賭博場への出入りはほとんど無いらしい。

 二人の間に男女の関係は無い。田上は決して、星乃に手を出さなかった。星乃も決して、田上を誘惑しなかった。

 星乃は真矢に、田上の家に行くことをきちんと報告していたが、田上のイカサマを探る事はせず、適当な報告をしていた。


 田上が3人目のディーラーをクビに追い込んだ辺りから、真矢にとっても麗華を田上の家に送り込むのは、麗華を自宅に呼ばないための口実になっていた。麗華が不在の間に、真矢は自分の客や、麗華より若い水商売の女を自宅に呼ぶ様になっていた。


「アイツの女になったのが19歳の頃だから……もう5年かぁ。そろそろ、〝麗華〟は賞味期限切れ。シオドキ、ってやつかな」

 星乃は田上の剥いたみかんをひったくって食べ始めた。


「潮時って、何か当てはあるのか?」

 田上は怪訝な顔をしながら、新しいみかんに手をつけた。


「なーい。養ってよ優さん」


「バカ言え。そもそも、ここに来るのも真矢とのビジネスなんだから、別れたら、来るのもやめるんだろ?」


「あのね、アタシ……〝麗華〟になった日から、友達みんな、いなくなっちゃった。優さんだけがお友達。だから、〝麗華〟を辞めてもここにきまーす」

 星乃はみかんを口いっぱいに入れながら、嬉しそうに田上の顔を見る。


「……俺だけ、か。俺も似た様なもんかな」


「後悔、してる?」


「いや。お前のおかげで、野垂れ死にしなくて済んだ。感謝してるよ」

 田上は優しく微笑んで、みかんを頬張った。


「せいらちゃん、どう?」


 田上は星乃に、娘の事を話していた。この頃には既に、田上は娘に数億円のカネを使っていた。


だが、星乃は田上の娘に会いたいとは言わず、田上もまた、星乃を病院に連れて行く事は無かった。


「ああ、順調だよ。明日が面会日」


「そっ、か……」


「どうした?」


「ううん。なんでもない。そろそろ帰るね」


 田上の家を出た星乃は、夜空を見上げる。下弦の月が、まるでギロチンの刃の様に、くっきりと見えた。


 麗華の電話が鳴る。


「ええ。あの話、考えてくれた? そう……本当? 早いわね。ありがと」


 電話を終えた女の顔は、麗華でも星乃でもない……妖艶な笑みを浮かべていた。



 田上の電話が鳴る。


「……はい。ええ。そうですか……わかりました」


 電話を切った田上は、仏壇の前に座った。


「……なぁ、どうしたらいい?」


 その顔は……魔眼の王でも、父の顔でもなかった。

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