第12話 気持ちがあれば

 星乃は田上が男と闇賭博場に行くのを見送った。男は金の話を聞いた途端に星乃から興味を失い、嬉々として田上についていった。


 あの男はたぶん、二度と戻らない。

 田上が自らの意思で葬る事を決めた、最初の相手になるだろう。


 星乃は田上の部屋に入った。


 きちんと掃除された部屋。先日、2人で食事をしたテーブルの上に、無造作に置かれた封筒があった。そこに病院の名前が書かれている。


 病院。田上は子どもの話をしていたが、あの日は真夜中だったというのに、子どもがいなかった。


 星乃は、その封筒だけで、田上がなぜカネを求めたのかを知った。


 部屋の奥に、仏壇がある。

 星乃は仏壇の前に座り、田上の妻の顔を見ようと中を覗き見るが、写真がない。


 仕方なく線香だけあげようと引き出しを引くと、中に伏せられた写真立てが入っていた。


 田上の、妻の写真だった。

 23歳の星乃より少し歳上に見えるその写真の中の女性は……〝麗華〟とは真逆の、大人しそうな美女だった。


「……奥さん、ごめんなさい。ご主人は、あなたのお子さんのために……」

 星乃が写真に話しかけると、不意に写真立ての背面の爪が緩み、写真が落ちた。星乃が慌てて写真を拾うと、そこに文字が書いてあった。


「優二郎さんにあげる用」


「優二郎って……なによ、あの人……本当に優さんじゃない」

 星乃はふっと微笑むと、写真を元に戻し、線香をあげた。


「……ご飯……作ろうかな」


 星乃はキッチンに向かい、冷蔵庫を開けた。

 肉、野菜、牛乳。

 それなりに食材はあるが、インスタント食品はキッチンのどこにも見当たらない。


「気持ちがあれば、下手くそでも……」

 星乃は田上の言葉を思い出し、食材を手に取った。




 田上が自宅に戻ると、居間のソファで星乃が寝ていた。


「鍵もかけずに……おい麗華、起きろ」

 田上は星乃の肩を揺らすが、よほど疲れていたのか、まるで起きない。


 田上がため息をついてキッチンに向かうと、そこには肉野菜炒めの様なものがあった。田上はそれを、口に運ぶ。


「しょっぱぁ!」

 田上はあまりの塩気に驚いて、大声を出した。


「ん……あー! なんで勝手に食べてんのよ!」

 田上の声に目を覚ました星乃は、田上に駆け寄り箸を奪った。


「初めて作ったんだから……大目に見てよ」

 星乃は真っ赤な顔で田上を見上げた。


「……いい顔をしてる」


「へ?」


「今日は化粧してるから、近づいてもいいだろ?」

 田上はニヤリと笑って見せた。それは悪魔のギャンブラーの笑みではなく、いたずら好きの少年の様な表情だった。


「その服も、よく似合ってる」


「……それ、口説いてる?」

 麗華は上目遣いで田上を見た。


「……それだけは、ないな」


「なによ、それ」

二人は笑い合った。


「ねぇ」

星乃は田上を見上げる。


「ん?」


「ここに来た時は本名……星乃って、呼んで欲しいな」


「……考えとく」

田上は少し、悲しげな笑みを浮かべて星乃を見た。




 結局この日、星乃は田上と何をするでもなく時間を過ごし、そのまま彼の部屋を後にした。


 田上は一人になると、星乃が持ち込んだトランプの箱を手に取った。封を開けると、見開いた目でトランプを見ながら、シャッフルした。


「ハートの3」


 めくったカードは、ハートの3。


「ジョーカー」


めくったカードは、ジョーカー。


「いつまで、続くかね……」


 田上はカードの中で笑みを浮かべるジョーカーに向かって、呟いた。

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