第11話 星を堕とした男
「どうなってんだよあいつは!」
闇賭博場の支配人、真矢はその細面を怒りに歪ませながら、デスクを蹴った。
「〝全身清算〟が増えるのはありがたいが、あいつがいるせいで、俺たちに小遣いが落ちて来ねぇんだよ!」
闇賭博場では、金の無い者は己の肉体を賭ける。やってくるのはほとんどが追い詰められて肉体をベットするプレイヤーとはいえ、金を持ち込む者も、今までは少なくなかった。
持ち込まれた金は真矢達の売り上げになるのだが、肉体を換金した者から得られた資金は、全て上部組織のものとなる。
ところが最近、金を持ち込む者が激減。理由は当然、ポーカーでは……絶対に勝てない日があるからだ。
「落ち着いてよ」
麗華は真矢の肩に手を置くが、真矢はその手をはらい、そのまま麗華の頰に平手打ちをした。麗華はよろめき、壁にもたれた後、その場に座り込んだ。
「ユウの野郎はもともと、お前が拾って来たんだろうが! なんとかしろ!」
真矢はタバコをもみ消すと、麗華に投げつけた。先端から散った灰が、ミニ丈のスパンコールドレスからのぞく麗華の太ももを汚す。
「……わかった」
麗華は脚についた灰を払いながら静かに立ち上がり、軽くため息をついた。
真矢はその様子を見て、立ち上がって麗華の前に立つ。
「殴ってすまん……愛してるよ」
真矢は麗華の胸を掴んだ。麗華は胸を揉まれながら、真矢の胸に顔を埋める。
ピンクのラメ入りルージュと赤いチークが、真矢のワイシャツにうつる。
その表情はやはり、なんの感情も無い、仮面の様な真顔だった。
翌日。麗華の今日の服装は、チュニックとジーンズに、ヒールの低いパンプス。そんな姿で田上のマンションの前に立っていた。手には、あの日借りた田上の妻の服一式と、トランプの箱が入った紙袋。顔も、最低限のメイクしかしていない。
なぜ、そんな学生の時の様な格好をしたのかと、麗華は自分に問う──
──田上を油断させるためと、自分に言い聞かせた。
「星乃?」
「え?」
不意に本名を呼ばれた麗華は、つい振り返ってしまった。
「やっぱり……星乃じゃないか。4年ぶりか?」
いやらしい顔の中年男が、星乃の全身を舐める様に見ながら話しかけてきた。
星乃が〝麗華〟になる原因を作った、母親と付き合っていた男。
「い……嫌……」
星乃は後ずさる。彼女の脳裏に、忌々しい記憶が蘇った。
男の荒い息遣い。
シーツに染みた、自分の血液。
「◯◯◯◯◯」
男が何か言っているが、星乃には何も聞き取れない。手から紙袋が落ちる。
「やめて……やめてください……」
「おい」
別の男の声がした。
「なんだよ、今大事な話を……」
「その人は、俺の妻だ」
田上が立っていた。
「ユウさん!」
星乃は田上に駆け寄り、後ろに立って田上の服を掴む。その手は、小刻みに震えていた。
「アンタ、妻に金をせびってたな。ちょうどよかった。一緒に稼ぐ仲間を、探していてね……」
田上は振り返り、星乃に家の鍵をこっそり手渡した。
「ちょっと、この人と仕事の話をするよ。すぐ戻るから、先に帰っててくれ」
優しい声で星乃に話しかけた田上の顔は既に〝魔眼の王〟のものとなっていた。
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