第9話 魔眼の王
「ユウさん、今日はダメです」
闇賭博場の入り口に立つ黒人の大男ジョニーが珍しく、田上に話しかけた。ジョニーは田上の行く手を塞ぐ様に立っている。
「なんだよジョニー。そろそろ出禁か?」
田上はジョニーを見上げて、苦笑いで溜息をつく。
「出禁はしないけど、今日は……サカモトがいないんだ」
ジョニーは自分のスキンヘッドに手を乗せて、困った顔をする。サカモトとは、ポーカーのディーラーの名。
「あの無口な兄さん、休みかよ。一度も休んだ事無かったのに」
「ボスがね……」
ジョニーはそこで口籠った。
「はっきり言えよジョニー。言わないとすり抜けて入っちまうぞ」
田上はジョニーの人の良さを見抜いていた。彼は、田上に何か気を遣っている。
「……サカモトは、クビになったよ」
ジョニーは俯く。
「……そうか」
田上はそれで全てを理解した。田上が勝ち続けたツケが、サカモトに回ったのだ。
「新しいディーラー、探してるんだ」
ジョニーは俯いたまま、呟いた。
「……俺のイカサマを見破ったら1億円って話は?」
田上があまりにもポーカーで勝ち続けるため、命と大金を賭けるプレイヤー達の間で囁かれている噂を、田上自身も知っていた。
「アー……ボスはそれを伝えて、新しいディーラーを引っ張ってくるつもりだよ」
ジョニーは困った表情のまま顔を上げて、田上に白状する。
「これからは、ディーラーも敵か……」
「おいユウ、入れよ」
賭博場のホールからジョニーの脇をすり抜けて、ここを仕切る男……高価なスーツを身に纏った長い茶髪の男、ホストの真矢が現れた。
「ボス自らお誘いとは……」
田上は不敵な笑みを浮かべ、真矢を見据える。2人の身長はほぼ同じ。
「お前がいると〝全身清算〟が増えて楽なんだよ。しかも、イカサマを見破れば……お前の持つ大金が手に入る。命懸けのバカどもにとっちゃ、お前はドル箱にしか見えないのさ」
「しがないサラリーマンの俺に、イカサマなんて……できるわけないだろ?」
田上は左手を真矢の前に出し、手の甲を真矢に向けて指を動かし、ポキポキと骨を鳴らす。
「よく言うぜ」
2人は、今にも殴り合いが始まりそうな間合いで会話をしている。
「たった今新しいディーラーを連れてきた。お前もそろそろ〝全身清算〟の頃合いだろ」
真矢は仰々しく両腕を広げた。
「……サカモトには申し訳ない事をしたと思うよ。次のヤツも、そうならない事を祈りたいね」
「……お前がそうさせたんだよ、ポーカーキング。殺人鬼よりも多く人を殺した、お前がな」
真矢は広げた腕を下ろし、下品な笑みを田上に向けた。
「そのダサいネーミング、なんとかならんか」
田上は顔色一つ変えず応える。
「Evil Eye……」
ジョニーが小さく呟いた。
「魔眼、か……いいかもな」
田上はジョニーの肩を叩き、賭博場へと足を踏み入れた。
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