第6話 〝ユウ〟と〝麗華〟

「オールインだと!?」

 いかつい男は目を見開く。


 ポーカーというゲームは、チップの補充ができない。


そして、オールインすると、それでゲームは終わる。さらに、田上が賭けたのは〝自分自身〟だ。


生か、死か。


「へ、へへ……3000はあるな……」

 目の落ち窪んだ男は涎を垂らした。彼の手は、フラッシュ。


「真矢サマと結婚……真矢サマと結婚……」

 女はブツブツと呟き始めた。彼女の手は、同じくフラッシュ。


「……あなた、死ぬわよ」

 麗華は真顔のまま、田上に死を告げる。


「どう、かな……」


 田上の瞳が、ライトの光を受けてオレンジ色に輝いた。



 翌朝。



 ポーカー卓についた4人のプレイヤーのうち、眠りについたすすきのの街を照らす朝日を浴びたのは──



 ──田上。ただ一人だけだった。



「ねぇあなた、名前は?」

 朝日を背に路地裏に立った麗華が、田上に問う。


「あなた、でいいだろう」

 田上はぶっきらぼうに答える。その肩には黒いボストンバッグ。


「最低でも通り名くらい欲しいわ。あなた、まだまだ勝ち続けそうだもの。どんなイカサマを使ったの? 誰にも言わないから……教えて?」

 麗華は軽く前屈みになり、大きな胸の谷間を田上に向ける……が、田上はそれを無視して天を仰いだ。


「無断欠勤、しちまったな」


「は?」

 麗華は片眉を動かし、前屈みをやめる。


「そうだ、忘れてた」

 田上は肩に担いだボストンバッグから万札を1枚取り出し、麗華に手渡す。


「あの晩飯。なぜか、すごく美味かったよ。ごちそうさま」

 田上は娘に向けるものと同じ笑顔を、麗華に見せた。


「……なんなのよアンタ! 大金よ!? いくら稼いだと思ってんの!? 人の命を踏みにじって大金稼いだのよ! なんでそんなに冷静なのよ!」

 麗華は万札を乱暴に地面に放り投げ、怒りを露わにした。


 麗華が耐えきれず感情を表に出したのを見て、田上はふっと笑う。


「ユウでいいよ」


「は!?」


「だから、俺の名前。アンタ、だからyou。ユウでいいよ」


「バッカじゃないの!?」

 麗華はヒールで万札を踏みつける。偉人の顔が、ぐにゃりと歪んだ。


「可愛い顔、できるじゃないか。真顔より、ずっといい」

 田上は麗華にそう告げると、そのまま振り返って歩き始めた。


「アンタみたいなやつ、すぐ死んじゃうんだから!」

 麗華は頰を膨らませながら両腕をブンブンと振って悔しさを全身で表現したが、田上が振り返らない事を確認すると、諦めた様な顔で溜息をついた。


 そして、踵を返して店の入り口に向かう。


「なんなのアイツ……狂ってる……」


 階段を下りながら呟いたその顔は、言葉とは裏腹に……軽く微笑んでいる様にも見えた。


「アイツなら、もしかしたら……いや……無理、かな……」


 少女とも女ともつかない彼女は再び〝麗華〟に戻り、深い闇へと下っていった。

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